|
アーカイブ フェロー・早田 秀人 エッセイ「思索の散歩道」 2024/07/31
2021年10月22日、「第6次エネルギー基本計画」が発表されました。エネルギー基本計画とは、エネルギー政策の基本的な方向性を示すために政府が策定するもので、内外のエネルギー情勢を鑑み、少なくとも3年ごとに検討を加え2024年度中に「第7次基本計画」をまとめるため、5月から検討が始まっています。
第6次エネルギー基本計画は2つの大きなテーマを掲げ、温室効果ガスの野心的な削減を目指しエネルギー政策の具体的な道筋を明らかにしています。
一つ目は、世界的に取り組みが加速している気候変動問題への対応です。政府の地球温暖化対策推進本部は、2020年10月に「2050年、炭酸ガスやメタンなどの温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させるカーボンニュートラル」、および2021年4月「2030年度の温室効果ガス排出量46%削減(2013年度比)、さらに50%削減の高みを目指す」という目標の実現に向けて、エネルギー政策の道筋を示しました。
二つ目は、日本のエネルギー需給構造が抱える課題の克服についてです。気候変動対策を進めながらも「安全性に加え、エネルギーの安定供給、経済効率性の向上、環境への適合(S+3E)」という基本方針を前提にした取り組みを明示したことです。
2024年5月29日、資源エネルギー庁が発表した「今後の再生可能エネルギー政策について」によれば、2022年度の国内の発電能力2189億KWhの電源構成比率は、化石燃料による火力発電が70%以上を占めており、次いで太陽光(9.2%)、水力(7.6%)、原子力(5.6%)、バイオマス(3.7%)、風力(0.9%)、地熱(0.3%)という構成でした。
再生可能エネルギーは、水力と原子力を除く太陽光以下5つの電源で、14.1%を占めています。因みに同報告書によれば、2021年における主要国の水力を除く再生可能エネルギー電源比率は、ドイツ40.7%、米国15.7%、英国40.2%、フランス14.5%、中国は15.5%となっています。
さらに同報告書は、わが国のエネルギーミックス改定に伴う、2030年度の温室効果ガス46%削減に向けた野心的目標として、2022年度再生可能エネルギー比率21.7%(内、水力7.6%)に対して電源構成36~38%(3360~3530億KWh)を発表しました。内訳は、太陽光発電が14~16%程度、風力発電5%程度、水力発電11%程度、地熱発電1%程度、バイオマス5%程度というものです。
自然エネルギー財団は、国際エネルギー機構(IEA)などの統計を基に2030年各国の自然エネルギー電力比率目標を発表しています。
自然エネルギー電力比率目標一覧表(カッコ内は2019年実績)
出典:国際エネルギー機関(IEA)、欧州連合、米国エネルギー情報局(EIA)などの資料に基づき作成(各国・州の目標、実績値の定義には違いがある。 スペイン、フランス、EU、日本は総発電量(Gross generation)、ドイツ、イタリアは総消費量(Gross consumption)カリフォルニア州、 ニューヨーク州の目標値はRPS(Renewables Portfolio Standard)制度の目標であり、実績は純発電量(Net generation)。 またEUの57%は目標値ではなく、EUの公表している推計値である。また日本の数値は年度、他は暦年)。
ところで、中国のエネルギー政策を所管する中国国家能源局によれば「2024年2月13日、中国の再生可能エネルギー発電設備容量が、石炭火力発電の設備容量を初めて上回った」と明らかにしています。因みに、中国の2022年発電実績を見ると、石炭火力は発電量全体の58.4%を占めています。
再生可能エネルギーは、太陽光や風力、地熱といった自然界に存在するエネルギーを指し、化石エネルギーと異なり枯渇する心配はありません。
太陽光発電は、設置可能な場所が多く、需要サイドで自家消費や地産地消用の電力を供給する分散型エネルギー源として期待されています。日本が開発したペロブスカイト太陽電池は、「さまざまな形状に曲げて使用できる」「軽く薄い」「低コスト」という特徴があり、主な原材料ヨウ素は、日本とチリで世界の90%以上を生産し日本は世界第2位の産出量(シェア30%)を占めています。資源エネルギー庁は「原材料を含めた強靭なサプライチェーン構築を通じ、エネルギーの安定供給に資することが期待され、中国や欧州などで研究開発競争が激化する中、諸外国に先駆け早期の社会実装に向けて取り組むべき」と報告書の中で明らかにしています。
一方、風力発電は、陸上だけでなく海上にも設置可能で、大規模な導入ができるため、今後主要な発電方法となる可能性があります。ただ設備の特性・性能に適う風さえ吹けば昼夜に関わらず発電が可能なため発電コストが安いという利点があります。
バイオマス発電は、バイオ燃料を、直接燃焼やガス化し発電する方式で、燃焼の際CO2は発生しますが、植物性バイオマスは成長過程で光合成によりCO2を消費しているため、カーボンニュートラルで、かつ天候に左右されず発電が可能です。
水力発電は、ダムによる大規模発電から、河川の流水や農業用水、上下水道を利用する中小水力発電まで「水は方円に従う、高きから低きに流れる」性質を利用して発電します。ゲートやバルブの開閉によって、発電量を需要に応じて調整できるほか、位置エネルギーの80%相当が電気エネルギーに変換可能で発電効率が高いことが最大の利点です。
因みに、夜間の余剰電力を使って下池から上池にポンプにより揚水し、昼間ピークの電力需要に対応する揚水式発電は世界各国で普及しています。
地熱発電は、1966年に日本で実用化されるなどその歴史古く、天候・昼夜を問わず安定した運転が可能です。しかも火山大国である日本は世界第3位の地熱包蔵量を有しているため、今後拡大が期待できる発電方式と言えますが、2015年3月に発表された経済産業省の「再生可能エネルギー各電源の導入の動向について」によれば、地熱発電について①発電設備の設置に時間や費用面でコストがかかる(高い開発コストや10年を超える長期に渡る開発期間があげられる。また、ボーリングしてみないと分からないリスクから開発への着手を躊躇する事業者もいる)②地域住民からの理解を得られないことがある(温泉枯渇や環境への影響を懸念した住民から反対を受け、地熱発電設備の設置が始められないケースもある)③地熱資源に恵まれた土地を開発できていない(日本は地熱エネルギー源が国立公園や温泉地付近に偏在しているため、大規模な地熱発電設備を設置する土地開発が行われていない)というわが国特有の事情があるため、開発は足踏み状態にあります。
太陽光、風力、バイオマス、水力、地熱以外の再生可能エネルギーとして、波力、潮位差、海洋温度差、“宇宙太陽発電”などユニークな発電方式がありますが、未だ研究段階に留まっています。
再生可能エネルギーの利用を促進する場合、自然界を支配する「エントロピーの法則」に立ち返って考えることが不可欠です。「エントロピーの法則」(ジェレミー・リフキン著、竹内均訳 祥伝社)によれば、「物質とエネルギーは一つの方向のみ、すなわち使用可能なものから使用不可能なものへ、あるいは利用可能なものから利用不可能なものへ、あるいはまた、秩序化されたものから無秩序化されたものへと変化する。この原理は時間、空間、物質のすべてを支配する。宇宙における全エネルギーの総和は一定(熱力学第1法則)で、全エントロピーは絶えず増大する(熱力学第2法則)、という原理である」とし、続けて「エントロピーの増大とは、使えないエネルギーの増加を意味している。エネルギーは創生することもなく消滅することもなく、可能なことは変換することだけである。再生利用という問題を考えた場合、100%再処理できる方法などないのが真実である。再生するには、他のエネルギー使用という別の次元でのエントロピーの増大を必ず伴う」と解説しています。
さらに「人類の歴史は“エネルギーの交代劇による巨大な社会変化”によりつくられているのである。すなわち、歴史とはエントロピー法則の反映なのである。世界は、時の経過とともに無秩序化が強まり、使用可能なエネルギーは常に減少する宿命にある。人類は歴史の各段階で、より一層複雑なテクノロジーを開発し、それでやっと、人間生活が維持できるように工夫してきたのである。中世におけるエネルギーの基盤は木材であった。この木材が目に見えて不足してしまった。人口の増加がこれに拍車をかけた。木材に変わって石炭が登場した。この移行こそ、中世の崩壊と産業革命の勃興の背後に隠れている大きな要因なのである。エネルギー源は、時代とともに入手困難となるのである。歴史を紐解いてみると、テクノロジーに変化が起こるたびに必ず複雑さが伴い、また、より大きなエネルギーが消費されることは明らかだ。というのは、環境が大きく変化するということは、それだけ使用可能なエネルギー源が減少し、手に入れにくくなることである。社会が理解しなくてはならないのは、われわれが使用可能なエネルギーと物質を消費するたびに、次の2つの現象が現れるということである。第1に、個人、集団、あるいは社会は、製品の使用から導き出された価値よりも、製品を作り出す際にもたらされた無秩序の代償を、結局払わなくてはならないということ。第2に、エネルギーは有限であり、将来使用でき得るエネルギーが減少してしまい社会の進歩も永遠ではない」と自説を展開しています。
再生可能エネルギーは、化石エネルギーのように凝集・蓄積されたものではなく、拡散されているエネルギーを集め、凝集させて利用しようというものです。このため、分散された状態のエネルギー源を凝集する装置が必要で、この装置を製造するために別のエネルギーが消費されます。
社会・環境学者のハワード・オーダムは、地球への唯一の入力である太陽エネルギーのみからエネルギーを得ることによって、将来の社会は定常状態に維持されなければならない、として「純エネルギー」という概念を発表しました。純エネルギーとは、ある技術を使って産み出されたエネルギーから、それを回収するのに投下したエネルギーを差し引いたものです。
東洋思想は、西洋文明の精神的なものより衣食住の豊かさの追求を第一義とする物質主義に対して、人間の欲望を抑える尊さを説き、むやみに物質を消費し、所有しそれに執着することを諫めています。インド独立の父マハトマ・ガンジーは「文明の本質は、欲望の拡大にあるのではなく、欲望を意図的に自ら進んで捨て去ることにある」と説いています。
新たなる文明の到来は必然で、われわれは、好むと好まざるとにかかわらず、低エネルギー社会に向かって歩んでいかなければならないと思います。私たちは、高エントロピー社会から低エントロピー社会への移行を遅らせれば遅らせるだけ、“つけ”が溜まり社会的混乱を引き起こすことを、理解しなければなりません。
利用可能エネルギーの獲得には、 “純エネルギー”と通底する“エネルギー収支比”という概念があります。エネルギー収支比(EPR :Energy Profit Ratio)とは、得られるエネルギー(出力)を、それを取り出すためのエネルギー(入力)で除して求められる指標をいいます。化石エネルギーの場合、入力として燃料採掘・輸送、発電施設の建設・運転・補修、廃施設、廃棄物の処理・処分など全ての項目を可能な限り取り込み計算します。EPRが1の場合、あるエネルギー源から得られるエネルギーは、それを取り出すために費やしたエネルギーと同じであり、開発・利用することは無意味だと言えます。米国において、石油が自噴していた時のEPRは100以上でありましたが、1970年代には8にまで低下しました。EPRは価格で計算されますが、石油、天然ガスなどの主要化石燃料は国際商品であり、国際情勢の変化による需給変動により市場価格は産出国・消費国間の思惑と、戦略的政策に大きく左右されます。現在、EPR指標はエネルギー資源開発の指標としての普遍性は失しなわれたと言えるでしょう。
電力の近代史は、日露戦争後電力需要が拡大する中、アメリカの超長距離送電技術を取り入れ、東京電燈は山梨県桂川水系に駒橋発電所(1万5,000kW)を建設し、5万5,000Vの電圧で東京へ向けて76㎞の距離の送電を実現しました。その後、全国で中長距離の高圧送電を利用した水力発電開発が活発化し、1910年代前半には、水力発電所の出力が火力発電所の出力を超え、「水主火従」の時代もありました。その後第一次世界大戦、太平洋戦争など激動の時代を経て、電力エネルギー源は石炭から石油、1970年初頭のオイルショックを契機に天然ガスが台頭、化石燃料の主役となりました。並行して気候変動対策の一環として再生可能エネルギーが脚光を浴び現在に至っています。
再生可能エネルギーは、輸入に頼らない国産のエネルギーですが、広い場所・空間が必要で、天候に左右されるため、単位面積当たりの発電量(発電密度)が低く、発電コストに占める機械・設備などの資本費の比率が化石エネルギーに比べて高い、というコスト構造面の問題をかかえています。
私たちは、再生可能エネルギーの普及を推進するに当たってコスト構造面以外の「陽」と「陰」の両面があることを、理解することが大切です。
| |
|