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    アーカイブ PRESIDENT Online 2024/05/30 水野 泰志
    総務省を激怒させた「LINEヤフーの韓国依存」は解決できるのか…当事者が頭を抱える「政治問題」の厄介さ
    「韓国企業が育てたLINEを、日本に強奪される」と猛反発
    総務省がLINEヤフーの「韓国依存」を問題視
     「LINEヤフー個人情報漏洩事件」が、日本と韓国の官民を巻き込んだ政治問題に発展する様相を帯びてきた。
     総務省は今春、LINEヤフーに対し2度にわたる行政指導を行い、個人情報漏洩事件の根っこには「大株主の韓国IT大手ネイバーに強く依存する体質があった」と断定、資本関係の見直しを含めたセキュリティーガバナンスの抜本改革を迫った。
     事実上、ネイバーの資本面での影響力低減を要求したわけだが、政府が一民間企業の資本のあり方にまで注文をつける事態は異例中の異例といえる。そこには、もはやネイバーから“乳離れ”しなければ、日本の社会インフラとなったLINEの安全管理体制を確立できないという危機感がうかがえる。
     ところが、総務省の要請に対し、LINEヤフーを世界戦略の拠点事業と位置づけるネイバーが反発。ネイバーを後押しする韓国政府が遺憾の意を表明し、松本剛明総務相が弁明する事態に発展した。日本国内では、経済安全保障の観点から、ネイバーの影響力縮小を求める声も出始めた。
    「日の丸SNS」に生まれ変われるか
     総務省は、7月1日までにLINEヤフーにあらためて再発防止策を報告するよう求めているが、それまでに総務省が想定しているような親会社のソフトバンクがネイバーの株式を引き取る形で決着するかどうかは予断を許さない。
     LINEヤフーにしてみれば、親会社間の綱引きが頭上の空中戦に発展した以上、もはや当事者としてできることは限られる。まさに、まな板の上のコイである。
     ネイバーもソフトバンクも、対応を誤れば、一民間企業の枠を超えて日韓間の新たなトゲになりかねない。
     国内で9600万人が日常的に利用し多くの公共機関も活用しているLINEが、名実ともに「日の丸SNS」に生まれ変われるかどうか、重大な局面を迎えている。
    なぜLINE利用者の個人情報が漏洩したのか
     コトの概要をあらためて整理してみる。
     今回のLINEヤフーの個人情報漏洩事件は、2023年11月に発覚した。
     LINEヤフーは、直前の10月1日に国内SNS最大手のLINEと国内IT最大手のヤフーが親会社のZホールディングス(ZHD)と合併したばかりだった。
     こうした事態を受けて、総務省は3月5日、ネイバー子会社のシステムと旧LINEの社内システムがつながっていたことが不正アクセスを許す要因になったと認定。個人情報漏洩事件が二度と起きないよう、資本関係の見直しも含めて、速やかに対策を取るよう行政指導を行った。
    韓国IT大手に経営も、技術も依存している
     LINEヤフーの筆頭株主(64%保有)は中間持ち株会社Aホールディングスで、ソフトバンクとネイバーが50%ずつ出資している。資本は折半ながら、会社法上の親会社はソフトバンクで、ネイバーは大株主という関係になる。
     LINEヤフーは、主要なシステムの開発や運用をネイバーに業務委託しているので、本来、委託先のネイバー関連会社の業務を監督する立場にある。しかし、ネイバーに実質的に経営を支配されているうえに技術面でも大きく依存していたため、ネイバーに強く物を申すことができず、以前から安全管理がおろそかになっていた可能性が指摘されていた。「自分の人事権を握っている人を十分に監督できるのか」というわけだ。
     個人情報の保護が徹底されなければ、LINEというサービスを安心して利用できるはずもない。今や「日の丸SNS」として広く認知されているだけに、なおさらだ。
    「LINEヤフーは事態を甘く見過ぎている」
     LINEヤフーは4月1日、再発防止策の取り組み状況を報告した。
     ところが、ネイバーとのシステムの完全分離はずっと先の26年末という内容で、しかも、もっとも重視していた資本関係の見直しについては大株主のネイバーとソフトバンクに要請しただけにとどまり、事実上のゼロ回答だった。
     松本総務相は「完全分離が2年以上先であり、セキュリティーガバナンスの見直しの具体策が示されていないなどの点が不十分だった」と怒りを露わにした。
     行政指導をないがしろにされた総務省は「LINEヤフーは事態を甘く見過ぎている」と、わずか2週間後の16日に、異例ともいえる2度目の行政指導を行った。
     そこでは、「通信の秘密の保護およびサイバーセキュリティー確保の観点で、安全管理措置および委託先管理が十分なものとなったとは言い難い状況にある」と、再発防止策を練り直し、あらためて資本関係の見直しを加速するよう迫った。
     2度にわたって強調されたのは、ネイバー依存の体質から脱却するためには、共通で利用してきたシステムの分離だけでなく、ネイバーの出資比率を引き下げて影響力を排除しなければ、有効な再発防止策を確立できないということだ。
     つまり、ネイバーの介入を受けないように出資比率を見直せということであり、それはソフトバンクにネイバーの持つ株式を買い取るように求めることを意味していた。
     遡れば、旧LINEは21年3月、個人情報が中国の関連企業からアクセスできる状態だった問題で行政指導を受け、旧ヤフーも23年8月、利用者への周知が不十分なまま個人情報を外部に出したとして行政指導を受けている。
     LINEヤフーは、個人情報漏洩の常習犯だったともいえる。
    個人情報保護委員会の是正勧告でも対策が進まない
     政府の個人情報保護委員会も3月28日、LINEヤフーが個人情報を扱う際の安全管理体制に不備があったと断定、個人情報保護法に違反したとして行政指導より重い是正勧告を出した。
     流出した情報は、個人の行動範囲やプライバシーに関するデータで、「不適正に取り扱われた場合、本人の権利や利益に対する重大な侵害につながるリスクがある」とされ、LINEヤフーは、データ管理の責任の所在があいまいなまま大量の個人データを取り扱っていたと指摘した。
     LINEヤフーは4月26日に改善状況を報告したが、同委員会は5月22日、17項目の改善事項のうち、ネイバーのシステムとの間のファイアウォール設置など4項目しか完了していないと発表、残る13項目について6月28日までに改善策を報告するよう求めた。
     LINEヤフーの個人情報保護の改善策が遅々として進まない状況に、苦虫をかみつぶしている様子がみてとれる。
     たび重なる行政指導や是正勧告は、LINEヤフーが個人情報保護の重要性の認識を欠き安全管理に甘さがあったことを物語っている。経営陣は日本を代表するSNSを提供しているという自覚が足りなかったと言わざるを得ない。
    韓国国内は「LINEが日本に強奪される」と猛反発
     個人情報漏洩事件が政治問題に波及し始めたのは、2度目の行政指導が出てからだった。
     ネイバーは「資本の支配力の縮小を求める行政指導自体が非常に異例。われわれが中長期的な事業戦略に基づいて決定する問題だ」と反発、韓国政府と協議しながら対応を検討すると表明した。ネイバーの労働組合も、株式売却に反対する声明を出し、「売却されれば雇用不安が広がる」と訴えた。
     韓国政府も動き出した。まず外交省が4月末、「韓国企業に対する差別的な措置があってはならない」とクギを刺した。5月に入ると、科学技術情報通信省が、日本政府が韓国企業に株式売却の圧力をかけたとして遺憾の意を表明、「韓国企業が海外での事業や投資で不利益をこうむれば、断固として強く対応する」と強調した。さらに大統領府は13日、「韓国国民と企業の利益を最優先し、ネイバーの立場を最大限尊重する」と公式見解を明らかにした。
     野党の「共に民主党」の李在明代表は「韓国のサイバー領土・LINEの侵奪だ」と主張し、尹錫悦政権に強い対抗措置をとるよう煽った。
     メディアも一斉に「日本がネイバーを追い出そうとしている」と批判的な報道を展開。聯合ニュースは「LINEの経営権がソフトバンクに渡れば、日本、台湾、タイ、インドネシアなど利用者が2億人に達するアジア市場を失う恐れがある」と報じた。
     こうした論調に、国内では「韓国企業が育てたLINEが日本に強奪される」という受け止めが広がった。
     また、松本総務相が植民地時代の初代韓国統監を務めた伊藤博文の子孫であることから、過去の植民地支配と重ねて日本への反感をあおる動きもあるという。
    国内ではLINEの自立を求める声が高まる
     韓国の官民挙げての反発に、松本総務相は「あくまでセキュリティーガバナンスの本質的な見直しを求めたのであって、経営権の視点から資本の見直しを求めたものではない」と弁明せざるを得なくなった。
     ただ、日本国内でも、経済安全保障上の観点からLINEの資本的自立を求める声が高まりつつある。自民党内には「LINEを名実ともに日本のインフラとしなければならない」と、ネイバーの影響力を抑えるために出資比率の引き下げに断固たる措置を求める声も出始めた。
     LINEは、日本発の数少ないSNSと思い込んでいる人も少なくないだろうが、実はネイバーの日本法人が2011年に開発したSNSで、その後のシステム開発や運用でもネイバーが主導的に関わってきた。
     それだけに、ネイバーにとっては「わが子」のような存在で、思い入れも半端ではない。ただ、LINEの開発には、日本人技術者も当初から濃密に関わっており、LINEが「韓国産」か「日本産」かについては、議論が分かれるところだ。
     もっとも、2億人といわれるユーザーの半分は日本国内で利用しており、最大の市場が日本であることは間違いない。行政の公式アカウントは首相官邸がいちはやく開設し、今や多くの地方自治体が活用している。政党も政治家にとっても必需品だ。
     一方、韓国で利用されているSNSの主流はカカオトークで、LINEの影がきわめて薄いことも事実だ。したがって、実態としては、LINE=「日の丸SNS」といってもいいかもしれない。
    容易ではない「脱ネイバー」
     LINEヤフーは、発足にあたって、ソフトバンクとネイバーのパワーを組み合わせることで、日韓の枠組みを超えて世界の巨大IT企業に対抗しうる存在になるという目標を掲げた。だが、個人情報漏洩事件でスタートからつまずき、ネイバーと距離を置く必要に迫られ、当初の目論見はすっかりしぼんでしまったかのようにみえる。
     ソフトバンクの宮川潤一社長は、5月9日、中間持ち株会社Aホールディングスの株式を買い増す方針を明らかにし、ネイバーも10日、「株式の売却を含めあらゆる可能性を開き、ソフトバンクと誠実に協議していく」と表明。双方が資本関係の見直しについて友好的に協議を始めていることを明らかにした。
     だが、ソフトバンクの出資比率がネイバーをわずかに上回る程度の決着では、実質的な効果が得にくい。とはいえ、大幅な出資比率の変更となると、ネイバーもおいそれとは乗れそうにない。LINEヤフーへの支配力が弱まることを懸念するネイバーが難色を示す一方、ソフトバンクにも株式を買い増す積極的なメリットが見当たらないとあって、交渉は難航しているようだ。
     宮川社長は「報告書を提出する7月1日までにまとまるのは非常に難易度が高い」と、長期戦を覚悟しているように見受けられる。
     LINEヤフーの出沢剛社長は、個人情報流出の原因となったネイバーへの委託をゼロにすると明言、ネイバーと距離を置く姿勢を強調している。だが、資本関係の見直しを自ら仕掛けることはできそうにない。
     落としどころを見つけられずに交渉が暗礁に乗り上げるようだと、「せっかく好転した両国関係に水を差しかねない」と懸念する声も少なくない。
     一民間企業の思惑を飛び越して、両国の政府がさらに介入するようなことになれば、問題が複雑化し、打開の糸口が見出せなくなるかもしれない。
     「日の丸SNS」への期待は高まるが、「脱ネイバー」は容易ではなさそうだ。
     いずれにせよ、LINEユーザーの1人として、個人情報漏洩事件が二度と起きないよう、利用者が安心して利用できる安全対策が一刻も早く整備されることを願ってやまない。



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