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    アーカイブ PRESIDENT Online 2024/06/21 水野 泰志
    テレビがなくても徴収する…デタラメな「NHK受信料」を放置したまま「ネット受信料」を始めるNHKの大問題
    改正放送法が成立したのに、いつまで「特殊な負担金」と言い続けるのか
    2025年秋から「ネット受信料」の徴収がはじまる
    「放送を主な業務としてきたNHKにとって、まさに歴史的な転換点」
     ネット事業をNHKの「必須業務」とする改正放送法の成立を受けて、稲葉延雄会長は感慨深げに語った。
     その通りだろう。
     電波を伝送路とする「放送」は、1925年にラジオがスタートして、まもなく100年。テレビは1953年に始まり70年が経つ。それは、そのままNHKの歴史でもある。1世紀を経て、通信ネットワークを伝送路とする「ネット」がNHKの「本業」として制度化されることになり、放送でもネットでも同じ番組を見られる「放送と通信の融合」が名実ともに実現することになったのだ。
     もっとも、世界の潮流は、とっくに「放送と通信の融合」を実現しており、遅ればせながらNHKもようやく仲間入りしたというところだ。
     だが、安堵してはいられない。
     NHKが切望していた「公共放送」から「公共メディア」への進化は現実のものになったが、同時に解決しなければならない根本的問題がいくつも提起された。
     まず、NHKの原点ともいえる「公共」についてネット空間における意味があらためて問われることになった。その「公共」を支える受信料制度は、内在する矛盾が膨らみ、抜本的な見直しを迫られている。また、「必須業務」というのに放送とネットでサービスが異なり、疑念と不信が募っている。難題が山積しているのだ。
     歴史的転換点に立った「新生NHK」は、2025年秋にもスタートする運びだが、それまでに、だれもが納得できる「公共メディア」の設計図を示すことが求められている。国民も、メディア界も、こぞって注視していることを肝に銘じなければならない。
    改正放送法でネット業務が「必須業務」に位置付けられた
     改正放送法の狙いは、NHKの番組を、放送で見る人とネットで見る人を公平に扱うことにあり、番組の内容も負担も「同一」にすることだ。
     視聴者の視点からいえば、伝送路が電波でも通信ネットワークでもNHKの番組を見ることができる環境が法的に担保されたということができる。
     主なポイントを整理してみると、
     などだ。
     もっとも、改正放送法が定めるのは、「必須業務」となるネット事業の骨格にすぎず、具体的な運用やサービスは、当事者のNHKが今後、詰めることになる。
     早ければ9月下旬にも概要を公表する段取りで、その後、中期経営計画を改定し、ネット事業の収支を盛り込んだ25年度予算案を策定。予算案が25年の通常国会で承認されれば、晴れてサービス開始となる。
    「公共放送」から「公共メディア」に生まれ変われるのか
     テレビを持たないネット視聴者に向けて、ネット事業の詳細を明らかにすることは急がねばならない。
     だが、「新生NHK」に真っ先に求められるのは、「ネット空間における『公共』とは何か」という大命題の回答を提示することではないだろうか。
     放送法1条は「健全な民主主義の発達に資する」と明記し、15条でNHKは「公共の福祉」のために「あまねく全国で番組を提供すること」と規定されている。それは、放送がテレビという受信機と不可分に結びついていることを前提にしていたため、放送界においてのみ有効な「公共」といえる。
     ところが、ネット空間は、限られたプレーヤーしかいない放送界とは違って、実に多くのさまざまな事業者が混在し、真偽不明の大量の情報が飛び交っている。巨大IT企業のプラットフォーマーによる情報寡占も進む。昨今は「インフォーメーション・ヘルス(情報的健康)」という新たな概念も語られるようになった。受信端末も、スマートフォンや、パソコン、チューナーレステレビなど、さまざまだ。
     報道分野に限れば、内外の新聞社、民放局、ネット専業のニュースサイトなどがひしめき、信頼性の高い情報の発信を競っている。まさに、生き馬の目を抜くがごとし、である。
    政権寄りの体質、経営委員会の番組干渉、ガバナンス欠如…
     そんな情報空間で、一放送事業者のNHKが、放送界の「公共」を持ち込んで、どこまで存在感を放てるだろうか。ネット空間にふさわしい「公共」を確立できなければ、ネット住民はついてこないだろう。
     稲葉会長は「NHKが、ネットの世界に、放送と同等の正確で信頼性の高い情報や価値を提供し、サービスの水準を高めていくことで、ネット上の情報の隔たりや偏りが修正されれば、情報空間の健全性は確保される」と胸を張った。
     しかし、たびたび露呈する政権寄りの体質、経営委員会による番組への干渉、トップの独断専行というガバナンスの欠如、職員による不適切な支出など、「健全な民主主義」とはほど遠い「事件」が続出しているだけに、単なる言葉遊びにしか聞こえないのは筆者だけだろうか。
     ネット空間における「公共」の再定義なくして、「新生NHK」の将来は見えてこない。
    「ネット受信料」が抱えている大きな矛盾
     となると、NHKの存立基盤である受信料制度も、ネット時代にふさわしい形への見直しが必然となってくる。
     改正放送法で示された「ネット受信料」の創設は、一見すると、ネット視聴者から徴収するもっとも適切な方策に見えるが、実は大きな矛盾を秘めている。
     そもそも、NHKの受信料は、「特殊な負担金」と位置づけられており、テレビを持っていればだれもが徴収の対象になる。言い換えれば「みんなで支えて、だれもが見られる」という枠組みだ。
     ところが、「ネット受信料」は、スマートフォンやパソコンを持っているだけでは徴収の対象にはならない。アプリをインストールして利用登録した場合にのみ受信料を払うシステムだ。動画配信サイトを視聴するケースと同じで、スクランブル放送にも通じる。つまり、「視聴の対価」であって、だれもが払うことを求められる「特殊な負担金」とは本質的に異なる。
     「ネット受信料」の創設は、受信料制度の根幹にかかわる大転換なのだ。
     「特殊な負担金」は「公共放送」を維持するための方策として理解されているが、「視聴の対価」となると「公共」の概念は希薄にならざるを得ない。
     つまり、「公共メディア」とは何か、という根源的なテーマに行き着くのである。
    もはや「特殊な負担金」では通用しない
     もともと、NHKの受信料を払っているのは全世帯の7割程度に過ぎず、受信料を払わずに番組を「ただ見」している人たちが3割もいるという「不公平」は、歴然と存在している。視聴者の不満は溜まりに溜まっており、NHK批判の一因ともなってきた。
     NHKは、「不公平」という矛盾を抱えたまま、ネット事業の「必須業務」化で新たに「視聴の対価」という矛盾を抱え込むことになった。
     現行の受信料制度の延長線上に「ネット受信料」を置く限り、もはや顕在化した矛盾を解消する方策は見つからないのではないだろうか。
     このままでは、見かけは同じ受信料なのに性格が決定的に違うという矛盾を抱えたまま、「ネット受信料」はスタートすることになる。
     受信料改革はこれまで、さまざまな事例が研究されてきたが、以前にも本サイトで紹介したドイツの「放送負担金制度」が見直し論の有力な先例となるのではないか。受信機器をもっているかどうかにかかわらず、全世帯から一律に一定額を徴収する仕組みだ。
     ある種の税金のように見えるが、ネット空間の「公共」を考えた時、もっとも矛盾が生じにくく、論理的に整合性が取りやすいとされる。
     受信料問題は、NHK問題そのものとも言われるだけに、「新生NHK」にふさわしい仕組みを、ゼロベースで考えるタイミングにきている。
    テレビ放送と同じ番組が見られない
     もう一つ、大きな問題がある。
     ネット事業が「必須業務」になるということは、ネット視聴における番組(コンテンツ)やサービスが放送と「同一」であることが最低条件でなければならないが、いずれもスタート時点では「同一」とは言えないのだ。
     ネット事業は、基本的に現行の「NHK+(プラス)」を承継することになるとみられるので、そこをベースに検証してみる。
     まずコンテンツ。ネット視聴者が見られるのは、地上放送(総合放送とEテレ)だけで、衛星放送(BS)は対象外だ。大リーグ中継など番組の権利処理が間に合わず、システムの準備も整わないことが理由に挙げられているようだが、除外した経緯には不透明感が漂う。総務省は「あまり間を置かず、視聴できるようになるはず」と楽観視するが、はたしてどうか。
     肝心の地上放送も、すんなりとはいかない。キラーコンテンツの一つである高校野球などスポーツ番組を中心に、著作権や配信権の問題が処理できず、見られない番組が少なくない。ニュースでさえ、画面に「この番組は配信しておりません」という表示(いわゆるフタかぶせ)がしばしば出て、ストレスは溜まる一方だ。
     「必須業務」のスタートまでに、権利処理を済ませて、放送と同じように見られるかどうか。かなり高いハードルに見受けられる。
     「同一」のコンテンツを提供するという基本原則をまっとうしようとするなら、ネットで見られない番組を、放送でも見られないようにすればいいという議論もありうる。つまり、高校野球の中継などをやめてしまうという選択だ。しかし、視聴者の暴動が起きかねないだけに、さすがにNHKに決断する勇気はないだろう。
     いずれにしても、これからネット視聴者を獲得して受信料収入を増やしていこうというなら、早急に対処しなくてはならない。
    サービスが劣るのに受信料はテレビ放送と同じ
     サービス面も、難題が多い。
     通信ネットワークを利用する「ネット」は、放送より30秒程度のディレイ(遅れ)が生じている。大相撲のように短時間で勝負が決まるような場合、ネットで取り組みを観たときには結果がわかっているケースが少なくなく、シラけるばかりだ。
     また、放送のように録画ができないという致命的な欠陥がある。
     さらに、NHK単独のサービスのため、アプリをインストールしても、テレビのように他の民放の番組を見ることができない。
     つまり、ネット視聴は、放送に比べてコンテンツやサービスが確実に劣っているのだ。
     にもかかわらず、地上放送の「ネット受信料」は、放送と同じ月額1100円を想定しているというのである。
     総務省の有識者会議では、そうした点を考慮して放送とは異なる価格づけが考えられるという意見もあったが、反映されそうにない。
     強気の値決めの理由として、NHKは「ネットは見逃し配信や追っかけ配信という、放送にはないサービスがある」と強調しているようだが、本末転倒と言わざるを得ない。確かにネットならではのメリットだが、まずは「同一」のコンテンツやサービスを実現したうえで、ネット視聴者のためのプラスアルファの魅力として訴えるべきだろう。
    「ネット受信料」を払ってまでNHKを見たい人はいるのか
     もっとも、「ネット受信料」を払ってまでNHKの番組を見ようとするネット視聴者が、どれほどいるかは未知数だ。
     ターゲットは若年世代になるだろうが、この世代はテレビ離れが顕著であることが、NHKの放送文化研究所の調査などで明らかになっている。
     24年4月末の受信契約者数(地上放送)は4415万人。これに対し、「NHK+」の登録者数は20年4月のスタートから丸3年で500万件程度。放送の付加サービスとして無料で利用できるのに、ネット視聴者は1割程度ということになる。
     この数字を多いとみるか、少ないとみるか。
     当面は、「NHK+」と同様のサービスが見込まれるだけに、「必須業務」に移行したからといって、「ネット受信料」を払う視聴者が急増するとは考えにくい。
     「しばらくは開店休業状態」という見立ては、説得力がありそうだ。
     ネットにウイングをひろげた「新生NHK」は、看板倒れにならないよう、国民目線に立った腰を据えた取り組みが求められる。



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