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アーカイブ PRESIDENT Online 2025/01/13 水野 泰志
NHKに対抗できる「TV界の巨人軍」は作れるのか…日テレ系地方局の再編に乗り出した読売新聞グループの思惑
テレビ離れなどで経営難にあえぐ民放ローカル局の再編がついに始まった。
口火を切ったのは、日本テレビ系列(NNN、30社)の札幌テレビ、中京テレビ、読売放送、福岡放送の4基幹局で、2025年4月に新たに設立する持ち株会社の下に経営統合することになった。
将来の不安に苛まれるローカル局は、水面下でさまざまな生き残り策を模索してきたが、具体的な形になって浮上した初めてのケースで、放送界には大きな衝撃が走った。ローカル局の存亡は放送界が抱える当面の最大の難題だけに、4局統合の波紋は北海道から沖縄まで全国に及びそうだ。
だが、ローカル局の内情は、外から見ているよりずっと複雑だ。利害関係者の思惑や打算が交錯し、だれもが納得できる妥協点を見つけるのは容易ではない。後で詳述するが、「地元有力紙vs.全国紙」の新聞社バトルや、「総務省vs.経済産業省」の省益争いも見え隠れし、事態をより複雑にしている。
「ローカル局再編の号砲が鳴った」という声は聞こえてくるものの、直ちに新たな動きが顕在化するかというと、そう単純にはいきそうにないからもどかしい。そこに、ローカル局の苦しみと悩ましさがある。
このため、ある有力ローカル局の幹部は「当面は静観」と様子見の構えで、テレビ局員も「現場に動揺はない」と言う。
ただ、地域メディアの行方は地域の経済や暮らしに直結するだけに、ローカル局の明日は視聴者にとっても他人事ではいられない。
新設する認定放送持ち株会社は「読売中京FSホールディングス(FYCSHD)」と名づけられた。NNN系列の4基幹局は、持ち株会社の完全子会社となる。
日本テレビホールディングス(HD)が20%以上の株式を保有して筆頭株主となり、約15%の株式を持つ読売新聞グループが第2位の株主となる。会長には中京テレビの丸山公夫会長、社長には日本テレビHDの石沢顕社長が就く。
経営統合の狙いについて、日本テレビHDは「持ち株会社の下で、経営基盤を安定させ、将来にわたり良質な情報や豊かな娯楽を安定的に視聴者に提供し、地域社会に貢献するという社会的責務を果たしていく決断をした」と説明。番組、配信コンテンツ、アプリの共同開発に取り組み、新規事業への投資や海外へのビジネス展開も図っていくという。
もともと、NNN系列のローカル局は「日本テレビネットワーク協議会(NNS)」を通じて連携を図ってきただけに、経営統合の下地はある程度整っていたともいえる。4局はそれぞれ北海道東北、中部、近畿中四国、九州の基幹局に位置づけられていることから、系列局はエリアごとに4局の傘下でより緊密に結束していくことになるとみられる。
もっとも、FYCSHDは、日本テレビHDの持ち分法適用会社となるため、中間持ち株会社的存在といえる。つまり、日本テレビHDを頂点に、FYCSHDを介して、ピラミッド構造のNNN系列局の全国ネットワークが形成されつつあるように映る。
ここで見逃せないのは、日本テレビHDの大株主である読売新聞グループが秘められた“野望”の一歩を踏み出したという見方だ。
すでに読売新聞グループの山口寿一社長が日本テレビHDの取締役会議長に就いて両社の緊密化を図っており、今回の経営統合劇は、その延長線上にある。そこには、読売新聞グループが、全国のNNN系列局を、事実上、支配下に置こうという狙いが透けて見える。
「唯一の全国紙」を標榜する読売新聞が、NHKに対抗しうる「唯一の全国ネットの民放」いわば「テレビ界の巨人軍」を築き、新聞とテレビの唯一無二のメディア・コングロマリットを形成してさらなる発展を期す姿は、読売新聞グループに君臨してきた故渡辺恒雄氏の「遺言」なのかもしれない。
とはいえ、系列局の中には、有力地方紙が大株主になっている局は少なくなく、NNN系列の再編が進めば「全国紙vs.地方紙」という対決構図が否応なしに浮かび上がってくる。
青森放送の東奥日報、秋田放送の秋田魁新報、山梨放送の山梨日日新聞、テレビ金沢の北國新聞、四国放送の徳島新聞などは、それぞれの局の筆頭株主だ。山形放送も山形新聞が第2位株主に名を連ねる。こうした新聞社が、読売新聞の軍門に簡単に降るとは思えない。
そうなると、読売新聞グループの思惑通り、NNN系列の一段の再編が進むかどうかは予断を許さない。
ローカル局の再編話は、2011年の地上放送のデジタル化前後からくすぶってきた。
ローカル局は、NNN系列のほかに、在京キー局を軸にした、TBS系列(JNN、28社)、フジテレビ系列(FNN、26社)、テレビ朝日系列(ANN、26社)に大別されるが、系列ごとに事情は異なっている。
平成に入ってから開局したローカル局(いわゆる平成新局)を多く抱えるテレビ朝日系列(ANN)は、もっとも動きが早かった。朝日新聞やテレビ朝日ホールディングス(HD)が大株主になっている局が多く、比較的、話を進めやすかったといえる。後発組ゆえに経営の厳しい局が多かったことも危機感を倍加させた。
九州エリアでは、福岡の九州朝日放送を中心に、長崎文化放送、熊本朝日放送、大分朝日放送、鹿児島放送など、東北エリアでは、仙台の東日本放送を中心に、青森朝日放送、岩手朝日テレビ、秋田朝日放送、山形テレビ、福島放送など、エリアごとの統合を模索した。しかし、各局の理解を得られず、いったん断念。最近になって、あらためてエリアごとの再編に向けた取り組みを本格化させている。
フジテレビ系列(FNN)は、フジ・メディア・ホールディングス(FMH)が大株主となるローカル局を着々と増やし、それぞれ直接FMHの傘下に収めるような形を目論んでいるようだ。エリアごとの統合ではなく、いわば「一本釣り」による再編といえる。
仙台放送は70%超、長野放送は40%超、岩手めんこいテレビや福島テレビ、新潟総合テレビ、テレビ新広島、沖縄テレビ放送は30%超、秋田テレビ、テレビ静岡、岡山放送、テレビ愛媛、テレビ熊本は20%超の株式を保有しており、すでに事実上、支配下に組み込んでいる。
もっとも、北海道文化放送や東海テレビ放送、石川テレビ放送、鹿児島テレビ放送のように、地場資本が強力で入り込むスキもない局も少なくないだけに、すべての系列局をFMHの旗の下に結集するのは容易ではない。
一方、表立った動きが伝わってこないのが、TBS系列(JNN)だ。
北海道放送やCBCテレビ、テレビ西日本など、老舗で、地元財界の資本が入り組み、経営が安定している局が多い。TBSホールディングス(HD)が筆頭株主になっているのはテレビユー山形やテレビユー福島、愛媛のあいテレビ、テレビ高知など、わずか。資本面での力関係でキー局のバインドが利きにくい構造になっている。このため、なかなか再編の機運が盛り上がらなかった。
こうしたローカル局中心の動きを「下からの再編」とするならば、今回のNNN系列の場合は「上からの統合」ということができる。
ローカル局の経営は厳しさを増しており、日本民間放送連盟(民放連)によると、放送局127局のうち21局が2023年度に赤字を計上した。
ひと口にローカル局といっても、設立の経緯や歴史はさまざまで、地元の有力紙や有力企業が大株主になっているケースが少なくなく、経営状態にも落差がある。同じ系列局ではあってもキー局との資本関係には濃淡があり、つぶさに見れば見るほど個別の事情の違いが浮き彫りになってくる。
とはいえ、経営基盤が弱いうえに、狭い商圏での競合、デジタル化の重い負担、少子高齢化による人口減少、さらに動画配信などネットメディアによる侵食など、ローカル局を取り巻くメディア環境が激変する中、このままじっと身をすくめていては、いずれ立ち行かなくなることだけは誰の目にも明らかだ。
中でも、「もっとも大きな脅威になる」と関係者が口をそろえるのは、ネットによる動画配信=テレビ離れだ。それは広告収入の減少に直結する。
ネットの視聴習慣は若年層を中心に中高年の世代にも広がりつつあり、同じ無料なら民放よりもYouTubeを視聴し、見たい番組があれば有料でもネットフリックスなどにシフトする。
民放各局が看板番組をネット配信する「TVer」も急速にアクセスを増やしているが、地方にいながらキー局の番組がネットで見られることになり、ローカル局の存在感はますます薄くなる。
ローカル局の再編・統合には、系列局同士による統合、同じエリア内での合併、1局2波体制など、さまざまなケースが想定される。
だが、赤字同士が統合しても、赤字が増えるだけで効果はほとんど期待できない。さりとて黒字局が赤字局と一緒になることも現実的な選択とは言い難い。まして、上場しているキー局が、救済の形で赤字のローカル局を抱え込むようになったら、株主は黙っていないだろう。
つまり、すでに赤字の局や赤字になりそうな局は、再編・統合から置き去りにされかねないのである。
それだけに、ローカル局の再編・統合のハードルは高く、一筋縄ではいきそうにない。
放送局の破綻だけは何としても避けたい総務省は、放送局を縛ってきた「マスメディア集中排除原則」の緩和策を次々に打ち出し、ローカル局再編の環境を整えてきた。
しかし、いずれも中途半端で、本格的な放送界の再編にはつながらなかった。それだけに、再編第一号となったFYCSHDの発足に安堵しているに違いない。
そこには2018年春、安倍晋三首相の意を酌んだ首相官邸の経済産業省出身の安倍側近が打ち出し、経産省の影響が強い政府の規制改革推進会議が検討した「民放不要論」の苦い記憶がある。
安倍首相の真意は「安倍批判を強める民放はいらない」というものだったが、安倍シンパとされてきた読売新聞・日本テレビを先頭に、放送界や新聞界が猛反発し、野党も呼応。野田聖子総務大臣は異を唱え、与党内からも批判が噴出した。結局、沙汰やみになったが、火種が完全に消えたわけではない。
それだけに、ローカル局が次々に破綻するような事態は、再び「民放不要論」を呼び起こし、総務省にとっては悪夢のような未来図が描かれかねない。
もともと、総務省と経産省は、情報通信行政をめぐって常に対抗心をかきたててきただけに、対立の構図は根深い。
ローカル局の存亡には、「総務省vs.経産省」の省益争いもかかっているといえよう。
視聴者の目線から見れば、ローカル局が日々の暮らしに溶け込み、地方文化の発展や地域経済の活性化に貢献してきたことは論をまたない。
「放送倫理基本綱領(1996)」は「放送は、社会生活に役立つ情報と健全な娯楽を提供し、国民の生活を豊かにするようにつとめる」とうたっているが、ローカル局の存在価値もここに集約される。
地域メディアの多元性・多様性・地域性を確保するためには、ローカル局が共存共栄することが望ましい。
放送局再編の第一歩は、FYCSHDが刻むことになったが、はたしてすべてのローカル局が生き残れるかどうか。答えは、向こう数年のうちに明らかになる。
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