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アーカイブ 月刊ニューメディア 2022年7月号 水野 泰志
Mizuno's EY メディア激動研究所代表・水野泰志
ネットの閲覧履歴や購買履歴の個人データが本人の知らないところで「ターゲティング広告」などのビジネスに活用されている事態を初めて規制する改正電気通信事業法が、今国会で成立する運びとなった。
ネット利用者の保護は世界的な潮流で、日本でも、ようやく本格的な規制がかけられると期待されたが、土壇場になって、「利用者保護」より「カネもうけ」を優先するIT企業や自民党の猛反対で、当初の規制案は大幅に後退し、最終的には現状を追認しただけの「骨抜き」になってしまった。
世界の周回遅れになった経緯を振り返ると、「挫折」の遠因は1年余り前に総務省で起きた大規模な接待事件に行き当たる。情報通信行政を担ってきた主要官僚が軒並み事件に関与して総務省を去ったため、IT業界や自民党とのパイプをつないできた人脈が枯渇してしまったのだ。
総務省は2021年5月、ネットの利用者が安心安全にサービスを享受できる環境を整えようと、有識者会議「電気通信事業ガバナンス検討会」を立ち上げた。時はまさに、東北新社やNTTによる「総務省接待事件」で、情報通信行政トップの総務審議官から課長級まで軒並み更迭されるという大混乱のまっただ中。だが、ネットの利用履歴が見知らぬ業者に筒抜けになっていることに不安を覚え、プライバシー侵害を不快に感じる人が急増する中、事件の嵐が収まるのを待っているわけにはいかなかった。
そして半年後の11月、「検討会」は利用者保護のルールを抜本的に変えてしまう画期的な報告書案をとりまとめた。個人情報の範囲を、ネット上で「クッキー」などのオンライン識別子に紐づけられる通信履歴や閲覧履歴、位置情報、アプリ利用歴も含め、幅広く定義。その上で、こうした情報を第三者に提供する場合、事前に利用者本人の同意を得るか、事後でも利用者が要求すれば提供を停止できる仕組み(オプトアウト)を義務付けることにしたのである。
ところが、報告書案が出回るや否や、IT企業を中心につくる新経済連盟(代表理事・三木谷浩史楽天グループ会長兼社長)が「データの収集が制限され、ビジネスの制約になる」と猛反発、経団連や経済同友会、在日米国商工会議所(ACCJ)も続いた。さらに、財界に陳情を受けた自民党からも、強烈な横やりが入った。
途端に総務省は右往左往。年が明けて示された事務局案は、当初の報告書案とは様変わりしてしまった。最大のポイントだった利用者情報の第三者提供について、サイトで「通知・公表」するだけでOKとなり、「本人の事前同意の義務づけ」は吹っ飛んでしまったのである。既に、多くのサイトがプライバシーポリシーのような目立たないページに同様の趣旨の文章を載せているため、これでは現状と変わらない。
3月に事務局案を反映した改正案が閣議決定され、国会に提出された。経済界の言い分がまかり通ってしまったのである。
土壇場の逆転劇について、事情に詳しい総務省OBは「IT企業が反発するのはわかっていたのに、まったく根回しをする役人がいなかった」と指摘する。接待事件の汚名返上に向けて威儀を正そうとするあまり、情報通信業界とは縁の薄い人材ばかり起用したことが裏目に出たというわけだ。
接待事件の傷が癒えるには時間がかかりそうだが、総務官僚には「ネット社会の番人」として特段の奮起を期待したい。
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