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アーカイブ 月刊ニューメディア 2024年9月号 水野 泰志
Mizuno's EYE メディア激動研究所代表・水野泰志
霞が関(中央省庁)恒例の夏の異動で、仰天人事が発令された。総務省の事務次官に、初めて技官が起用されたのだ。中央省庁の事務方トップは事務官の指定席とされ、技官が就任するケースは旧建設省の流れを組む国土交通省でみられる程度。3年前の「総務省接待事件」で当時の旧郵政省出身の総務省幹部が軒並み更迭され、適齢期の事務官が払底した事情はあるが、技官が文官に劣らず能力も人望も高いことを示した好例といえ、霞が関のダイバーシティー(多様性)を示すシンボルにもなりそうだ。
新しい総務事務次官に就任したのは、竹内芳明氏、62歳。香川県多度津町の出身で、高松高専(現香川高専)、東北大工学部通信工学科を卒業し、1985年に旧郵政省に入省。移動通信課長、電波部長、サイバーセキュリティー統括官、総合通信基盤局長などを歴任し、2021年から3年間、郵政・通信担当の総務審議官を務めてきた。
総務省では、これまでにも次官級の総務審議官を務めた技官は数人いたが、いずれも国際担当で、郵政・通信を担当したのは竹内氏が初めて。3年間の在任中に、電波オークションの導入、NHKのネット事業の必須業務化、NTTの国際競争力強化など、積年の懸案を次々に処理。霞が関の幹部人事を握る首相官邸も、その手腕を高く評価しているという。
今夏の主要官庁の事務次官人事を入省年次でみると、財務省87年、厚生労働省87年、農林水産省88年などで、総務省の85年は抜きん出て古い。本来なら、技官であるうえ、年齢的にも、入省年次的にも、退官してもおかしくなかった。
「横ならび」「事務官優遇」という霞が関の不文律を打ち破った異例の抜擢人事は、霞が関の住民を驚かせたが、総務省OBはおおむね好意的に受け止めているようだ。当の竹内氏は「めぐり合わせではあるが、自然体でしっかりと職責を果たしていきたい」と語っている。
ここで思い起こされるのは、2021年2月に発覚した「接待事件」だ。菅義偉首相(当時)の長男を含む衛星放送会社・東北新社の役員が、長年にわたって監督官庁である総務省の幹部を接待していた問題である。
国家公務員倫理規程が禁じる「利害関係者からの違法接待や金品贈与」を受けたとして、事務次官の有力候補だった谷脇康彦総務審議官(郵政・通信担当、84年旧郵政省入省)を筆頭に、旧郵政省出身の幹部職員が軒並み懲戒処分を受け、辞職や異動で総務省を相次いで去る大事件に発展した。
次代を担うはずの旧郵政人脈が壊滅的な打撃を受ける中、空席となっていた総務審議官ポストに就いたのが、総合通信基盤局長だった技官の竹内氏である。「接待事件」とは無縁だったことが幸いしたようだ。それから3年間、機能不全に陥りかけた情報通信行政の屋台骨を懸命に支えてきた。
今夏の人事では、「接待事件」で処分を受けた謹慎組が続々と復権したことも注目される。総合通信基盤局長に湯本博信氏(90年同)、情報流通行政局長に豊嶋基暢氏(91年同)局長級の総括審議官には玉田康人氏(90年同)が就任した。国際戦略局長には次の次の事務次官を視野に入れて官房長から転じた竹村晃一氏(89年同)が控える。課長クラスも含めて、ようやく旧郵政人脈が正常化したように映る。
ネットの偽情報対策、巨大IT企業の規制、ネット受信料の具体化、NTT法の廃止問題など懸案が山積する中、情報通信行政に精通した新たな布陣が難題に立ち向かうことになる。
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