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アーカイブ メディア展望 2024年7月号 井坂 公明
書評 日下部 聡編著「記者のための情報公開制度活用ハンドブック」(公益財団法人 新聞通信調査会=1100円)
ジャーナリズムの王道である調査報道の強力な武器となる情報公開制度。本書は記者やディレクターなどの報道実務家を主な読者に想定した、同制度を有効活用するための「実用的なガイドブック」だ。情報公開に関する具体的な活用事例を豊富に盛り込んでいるのが強みだ。
先例をまねてみるのが情報公開の使い方を会得する近道であるとして、「最前線からの活用事例報告」と題し7つのケースを紹介している。日経新聞の調査報道グループは2021年以降、シリーズ「国費解剖」で国の財政規律の崩壊ぶりを追及してきた。基金の実態を調べるため、所管省庁が年度ごとにウェブで公表している「基金シート」を全て独自にデータベース化。支出に占める人件費など管理費の割合が異様に大きい中小企業支援事業を発見。運営する独立行政法人「中小企業基盤整備機構」に詳細な情報公開請求を行いデータベース化した。その結果「過剰人員が基金食い潰す 管理費4割の中小支援事業も」を記事化した。
「永遠の化学物質」と呼ばれる有機フッ素化合物PFAS汚染の実態を明らかにしてきたフリーランスの諸永裕司記者は朝日新聞在籍当時、東京都に多摩地区の飲み水の水源(井戸など)名を開示請求し、備考欄に「取水停止」の記載を見つけた。水道局に問い合わせると、担当者はPFASが原因であることを認めた。さらに担当課長に取水停止に至る経緯を記録した文書を求めた結果、文書が開示され、「有害物質、水道水で検出 東京・多摩地区 井戸の一部、取水中止」という記事につながった。
さらに米国の情報公開法である「情報自由法」(FOIA)を活用して米軍からも情報を入手し、在日米軍基地に絡むPFAS汚染の実態などを精力的に報道し続けているフリーランスのジョン・ミッチェル記者らの事例も詳述している。
米紙ウオールストリート・ジャーナルのピーター・ランダース東京支局長によると、米国では記者やデスクの間で「FOIA」という言葉が「情報公開請求する」という動詞として普通に使われるなど、情報公開請求が日常化しているという。
前述の各事例からも明らかなように、情報公開制度は調査報道に欠かせないツールだ。ただ、情報公開だけでは十分とは言えない。ミッチェル記者は本書の中で「多くの場合、FOIAで得た情報だけでは不十分です。オープンソース、内部告発者や現場の人たちのインタビューを組み合わせることで事実を明らかにできるのです」と強調している。
調査報道専門サイト「Tansa」の渡辺周編集長も、「情報公開請求は基本動作であり、それを起点にさらに深掘りするという考え方です」と語る。その上で、情報には①記者クラブで得る情報(当局が出したい情報)②情報公開請求で得る情報(当局が法的義務で出す情報)③内部告発者、情報源から得る情報(当局が情報公開法を犯しても隠したい情報)-の3つのランクがあると指摘する。
日本のニュース空間の屋台骨を支えてきた新聞は部数減少が続き、デジタル媒体への移行も一部を除いて進まず、衰退に歯止めをかけることができないでいる。そうした中でデジタル版有料会員の拡大につながる「ここでしか読めないコンテンツ」の代表格である調査報道は、新聞界の窮状を打開するカギを握っていると言えよう。情報公開は調査報道に不可欠なツールであり、本書には新聞再生に向けた重要なヒントが隠されていると思う。
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