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    アーカイブ メディアウオッチ100 2025年07月11日第1909号 井坂 公明
    離島で行政を監視する市民メディア「屋久島ポスト」
     マスメディアの記者が常駐していない世界自然遺産・屋久島(鹿児島県)で、情報公開制度を利用した調査報道によって屋久島町政を監視している小さなネットメディアがある。町民有志6人で作る「屋久島ポスト」だ。2021年11月の創刊以来、町幹部の出張旅費不正精算問題や町長の交際費問題などについて、約3年半で900本近い記事を配信。19年度には自民党国会議員らへの贈答などを含め100万円を超えていた町長交際費が、24年度には29万円余りに抑えられるなど、成果も上げている。武田剛・共同代表は、マスメディアのない町における「小さなメディアの社会実験」と意義を強調する。
    ◇住民目線の情報を6人で発信
     朝日新聞の写真記者だった武田氏は2012年に早期退職し、自分の好きな自然環境の取材をしようと島に移住してきた。フリーランスという立場で朝日新聞、鹿児島放送と業務委託契約を結び、記事などを送稿していた時期もある。屋久島ポストでは取材と記事執筆を担当。もう一人の共同代表、鹿島幹男氏は同島の出身で、大阪の企業に勤務して定年後に島に戻り、農業をしている。取材を担当。他の4人の「島民記者」は人脈を駆使して情報収集に当たっており、公文書の内容をまとめて表を作成する仕事などもこなす。取材のきっかけは住民からの情報提供であることが多い。
     屋久島町の町政では以前から不祥事や税金の無駄遣いなどが相次いで表面化していたが、荒木耕治町長が普通運賃で航空券を購入後解約し、高齢者割引に変更して差額を着服していた出張旅費不正精算問題が2019年に発覚した際には、武田氏は朝日新聞の通信員として取材した。その後、副町長や町議会議長らにもこの問題が広がり着服額は合計約240万円にも上った。しかし、さらに一般職員にまで波及してくると、県紙の南日本新聞をはじめ全国紙もニュースバリューが低いとして報道しなくなっていった。こうした状況に、取材に協力してきた住民団体「清く正しい屋久島を創る会」は「どうして急にいなくなるのか。もうマスコミは頼りにならない」と怒り、代表の鹿島氏が武田氏に自分たちのメディアを作ろうと提案、調査報道メディアとしての「屋久島ポスト」がスタートした。
     2024年3月末には、南日本新聞が屋久島から常駐記者を撤退させた。同紙によると、近くの種子島支局が月数回カバーしているという。全国紙や通信社で支局などの取材拠点を置いているところはない。NHKや民放テレビも一部はカメラマンと業務委託契約を結んでいるものの、記者は常駐していない。今や、リアルタイムで町政の動向に目を光らせるメディアは屋久島ポストだけとなった。
    ◇メディアがなくなると、首長はやりたい放題
     屋久島ポストは2021年の創刊に当たり、屋久島町が口永良部島の水道工事で補助金を申請する際に虚偽の報告書を国に提出していた問題を報じたが、その際、情報公開で町の検査調書など工事記録の開示を請求。工事の一部が未完成の段階で「全工事が終わった」とする虚偽の報告書を国に提出していたことを明らかにした。国は補助金適正化法違反を認め、22年3月、町に1668万円の返還命令を出すに至った。
     町幹部の出張旅費不正精算問題では、開示請求した1万6000枚の出張記録を調べ、偽の領収書を使っていたことを突き止め、その検証記事を連載。町議会副議長が「体調不良」を理由に議員辞職するなど波紋が広がった。しかし、町は調査を拒否。町議会も町長派が圧倒的多数を占めているため、調査のための百条委員会設置提案はすべて否決され、未だに詳細は明らかになっていない。
     武田氏は町政への対応について「メディアが書いても町は無視するし、議会で問題にしても町長派が多数。そこで住民監査請求や住民訴訟を行なって一定の成果が出るようになった」と語る。こうした状況では、もしメディアがなくなれば、自治体の長はやりたい放題ということになる可能性が高い。
    ◇課題は財政基盤の確保
     調査報道で結果を出している屋久島ポストだが、課題は安定した財政基盤をいかに確保するかだ。主な収入は寄付で、月1万円ほど。支出は情報公開請求に伴うコピー代が多い時で月1~3万円ほど。取材のガソリン代は自腹だ。媒体は無料のライブドアブログを使っている。6人は皆ボランティアとして働いているが、共同代表の鹿島氏は年金生活者、4人の島民記者もそれぞれ仕事を持っている。しかし、50代後半の武田氏は貯金を取り崩しながら仕事をこなしている。武田氏は、本の執筆や他メディアでの情報発信で生計を立てたいと語るが、軌道に乗ることを祈るばかりだ。記者の育成も課題だが、余力がなく手が回らないという。
     町は人口1万1000人余りの小さな自治体で、狭い社会だ。クラウドファンディングで資金を集めようにも、表立って応援してくれる町民は少ない。屋久島ポストの報道を快く思わない一部の町民や町議から有形無形の圧力も受けている。武田氏は、これまで身の危険を感じるようなことはなかったものの、中傷ビラをまかれたり、「島から出ていけ」とネットに書かれるなどの嫌がらせも一度ならず受けてきたという。
    ◇マスメディアは市民メディアと連携・協力を
     米国では地方で「ニュース砂漠」が広がっている中で、新聞やテレビなどのマスメディアや比較的大きなローカルメディアでは伝えきれない地域の問題を、より住民に近い視点で取り上げるネット媒体の地域密着型メディアが生まれてきていて、ハイパーローカル・メディアと呼ばれる。日本でも2010年以降「ニュース『奈良の声』」(奈良県)、「NEWSつくば」(茨城県つくば市・土浦市)、「Watchdog」(滋賀県大津市)、「News Kochi」(高知県)などが誕生しており、屋久島ポストもこうした範疇に入る。
     屋久島ポストは今年3月、屋久島以外の県内の問題を報じる姉妹メディア「鹿児島ポスト」を創刊。垂水市が設置する公共施設で2020年から24年8月まで、児童10人が盗撮被害に遭った事件を報じた。南日本新聞や地元テレビ局の一部も同時に事件を報道したが、「垂水市」とは明示せず「大隅地区」と曖昧にした。朝日新聞など全国紙はなぜか報道していない。こうした状況もあってか、垂水市は「被害者のプライバシー」を理由に事件についての説明を避け、調査や検証もしていない。武田氏は「マスコミが報じないと自治体は知らんぷり。報じないことの罪は計り知れない」と憤る。
     武田氏は市民メディアの立場から、新聞などマスメディア対し「新聞各社は今、記者の数がどんどん減っている。そんな中で自社だけで全てを取材するという従来の姿勢では、地域に埋もれた重要な問題を放置することになる。『ニュース砂漠』を少しでも減らすために、市民メディアや独立系ネットメディアと連携してほしい。全国紙はたとえ(支局の)記者が1人になっても全国取材網の灯は消さないでほしい。そしてカバーしきれない情報を市民メディアから拾い上げ、重要であれば全国紙として取材・報道してほしい」と注文を付ける。
     全国紙では地方取材網の縮小と記者削減が進み、地方紙にも余裕がなくなってきたことを考えると、今後は、離島でなくても、県庁所在地から遠い自治体などは「ニュース砂漠」となり得るだろう。全国紙・地方紙と市民メディアとの連携、協力が重要になってくるのは間違いない。(了)



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