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アーカイブ フェロー・早田 秀人 エッセイ「思索の散歩道」 2024/07/18
原子力による発電は、核分裂で生じた高温を利用し発電します。「CO?を排出しないクリーンエネルギー」という考え方がまかり通っていますが、高温高圧蒸気によりタービンを回し発電した後、蒸気を熱交換・凝縮し水に戻すプロセスを考えると両手を上げて賛成することはできません。します。
復水器には水冷式と空冷式があり、わが国では、全ての原子力発電所が海水による冷却を行っています。冷却するには原子炉100万Kw当たり毎秒約60トンの海水を必要とします。大量の冷却水は温排水となり海水の熱汚染を引き起こしますから「自然環境に優しいエネルギー」と言うことは出来ません。
原子力発電所は、詳細な地質調査を実施した上で活断層から十分離れた安全な地質構造が確認された場所を選定し建設されます。とこらが、福島第一原発事故は起きてしまいました。また、東京電力柏崎刈羽原子力発電所は、1号機から7号機まで総出力(福島第一原発の約1.7倍、計821万Kw)を有する、一つの発電所としては世界最大級の巨大な発電所で、東日本大地震の震源地から十分離れていたにも拘らず、2011年以降今日まで運転停止を余儀なくされています。
東京電力は、中越地震などによる過去の教訓から、トラブル発生、電源喪失、炉心損傷などへの備えと守りを幾重にもする“深層防護”の考えの下、安全対策を施していますが、小早川社長は地元の理解を得ることを最優先する考え再稼働時期を明らかにしていません(2024年6月25日日経新聞)。
ところで、東日本大地震の震源地から最も近くにあり敷地の地盤高が14.8mに建設された東北電力女川原子力発電所は、高さ13mの津波に襲われ、地盤が約1m沈下したにも拘わらず、“過酷事故”には至りませんでした。東北電力のホームページによれば、津波に対して、専門家を含む社内委員会で「貞観津波(869年)や慶長津波(1611年)などを考えれば津波はもっと大きくなることもある」といった議論を経て、地盤高を14.8mに決定しました。
また、津波の引き波による海面水位の低下に対して、原子炉安全の要となる冷却用海水取水施設を取水に支障をきたさないよう津波の影響を受けやすい港湾部ではなく、原子炉建屋と同じ地盤高を掘り下げたところに設置したこと、また1号機から3号機の運転開始に際しその都度、津波対策の見直しを行っていたことなどが特筆されます。
原子力規制委員会は、日本原子力発電が再稼働を目指す敦賀原子力発電所2号機について原発立地の地質構造は「原子炉建屋から凡そ300m離れた位置で確認されている断層が、活断層である可能性を否定できない」(2024年6月1日読売新聞)との見解を明らかにしています。日本の地質構造が複雑で「調査の十分性とは何か」という問題を提起しています。
さらに、原発の抱える重要な問題の一つに「ウラン核分裂、プルトニウム生成・核分裂」の副産物「放射性廃棄物の処分」という“難題”が横たわっています。しかも最終処分場については、未だに決定されていません。そもそも、放射能の半減期が天然ウラン並みのレベルに下がるにはおよそ8万~10万年かかると言われています。これまで、いかなる国の統治体制も10万年という長期にわたって存続し、統治し得たという記録はありません。
さらに、火山噴火や地震が多発する日本では、内陸部で起こる地震は地表近く、地下30kmくらいで起こることが多く数10Kmの深さで発生する地震も稀ではありません。従って、高レベル放射性廃棄物を地下に貯蔵しようにも、万年単位で安全を保証することができる安定した地層があるとは考えられません。核廃棄物問題と並行して使用済み核燃料のリサイクルという問題も残されています。
原子力発電所から生じる使用済み核燃料をフランスやイギリスの再処理工場に輸送、そこで生じたプルトニウムと高レベル放射性廃棄物を日本に戻し、プルトニウムにウランを混合したMOX燃料を軽水炉の燃料として使う「プルサーマル計画」がありますが、技術的な問題から現在は中断されています。
1990年代前半。日本の核物質の海上輸送に関連して沿岸諸国は、海洋汚染、船舶拿捕、輸送中の船舶火災・沈没・衝突等の事故によるプルトニウム漏出の懸念があるとして厳重抗議を繰り返しています。例えば、チリ、アルゼンチン、ウルグアイは輸送船の領海内の通過禁止、シンガポール、マレーシア、インドネシアは、マラッカ海峡を通過しないよう要請しています。各国の抗議に対し、「日本は沿岸諸国の領海やEEZを通航することはない」と回答していますが、“安全上の理由”から輸送ルートは公表していません。
原子力委員会は、使用済み核燃料再利用を目指す再処理政策を今後も維持すべきであるとの方針を決定していますが、原発から出る使用済み核燃料の再処理工場(青森県六ケ所村)では、電力の安定供給、使用済み核燃料の再利用と直接処分に係るコストとの比較、さらに技術的な問題等から完成時期は何度も延長されているのが現状です。
「エントロピーの法則」(ジェレミー・リフキン著 竹内均訳、祥伝社)によれば、問題は「原子力発電所が事故を起こし、周辺環境に低レベルの放射性物質をまき散らしたとする。惹き起こされた損害に対して、責任を負うのは誰なのかということである。外部費用という言葉は、単純なモノではない」。さらに 「原子力発電の安価なエネルギー神話は崩壊した」として「費用の問題は、放射性廃棄物の投棄費用、原子力燃料の管理費用、廃棄物の永続的管理費用等々は誰にもわからない難物である。また、社会的問題、健康的問題について、ウラン鉱山の採掘に係る鉱山労働者のガン、その他の病気、選鉱くずの中に含まれる放射性廃棄物の半減期は8万年なので、鉱山従事者や近隣の住民に対しする人体への影響は予測が不可能な問題である。また、原子炉から副産物として生成されるプルトニウムは核爆弾の製造に使われる」と警告しています。
2011年3月11日、東日本大地震により東京電力福島第一原子力発電所に発生した運転中の1号機~3号機は停止後炉心の冷却に失敗、炉心が損傷・溶融する過酷事故になりました。事故処理について、東京電力は「①汚染水対策については汚染源を取り除く、汚染源に水を近づけない、汚染水を漏らさない、との3つの基本方針にそって、地下水を安定的に制御するため重層的に汚染水対策を進めています②燃料取り出しについては使用済燃料プールから取り出しに向け準備を進めています③燃料デブリ取り出しについては格納容器の内部調査等を進めています④廃棄物対策は、放射線量に応じて分別し、福島第一原子力発電所の構内に保管しています⑤作業・労働環境 に対しては地域の皆さま、作業員や社員、周辺環境の安全確保を最優先に、放射性物質等によるリスク低減や労働環境の改善に取り組んでいます。最後に⑥研究開発は、遠隔ロボットを活用した廃炉作業や、国内外の研究機関や企業などの叡智を結集して進めています」と現状を説明しています。
一方、海外に目を転ずると、20世紀後半に発生した2つの原発事故があります。ひとつは、1979年3月28日にアメリカで発生したスリーマイル島原発事故。スリーマイル島原発2号機が運転中にポンプとタービンが停止し冷却が中断されたため、原子炉内核燃料が炉心溶融する大事故となりました。世界で初めて、しかも最も多くの原子力発電所を運転していたアメリカで起きた事で正確な情報が乏しい中、多くの住民が避難する事態に発展しました。連邦政府や電力会社は、核燃料が溶けて金属などと混ざり合った“燃料デブリ”を取り出そうと試みました。しかし、作業は難航。原発内の放射線量を下げ取り出しを開始できたのは事故発生の6年後のことでした。その後、開発した掘削装置で取り出しを続け、事故から11年に全体の99%、130トン余りの燃料デブリを取り出し作業を終えた、とされています。
2件目は、1986年4月26日、ソ連のチェルノブイリ(現ウクライナのチョルノービリ)で起きたチェルノブイリ原発事故です。事故が発生した当日、運転ミスにより炉心溶融と水蒸気爆発が発生。大量の放射性物質が大気中に放出されました。連邦政府は原子炉を大規模なコンクリートの石棺で覆い廃炉にする方針を決定しました。発電所の周辺は半径32Kmの広範囲にわたって立ち入りが禁止されました。
スリーマイル島原発もチェルノブイリ原発も事故処理に莫大の費用が掛かり、周辺住民や生態系などの自然環境に甚大な被害を与えています。
福島第一原子力発電所事故を教訓に、世界中のメーカーが出力30万Kw以下の小型原子力発電システムの開発に参入しています。例えば、米国のニュースケール社の小型原発は原子炉全体を大きなプールに沈めた状態で運転を行い「万が一事故が起きた場合でも、原子炉がプールに浸かっているため電力供給や特別な運転操作することなく冷却状態を維持することができ、福島第一原発で発生したメルトダウン事故は理論上起こらない」としています。
核融合発電について、欧州各国の研究機関で構成するユーロフュージョンは、英国にある欧州トーラス共同研究施設(JET)にあるトカマク型実験装置で「レーザー照射により世界記録更新となる核融合反応によるエネルギー発生量を達成した、今回の成果は日米欧が協力して建設を進める「国際熱核融合実験炉(ITER)に生かされる」と発表しました(2024年2月23日・日本経済新聞)。
先進主要国は、次世代のエネルギー源である核融合技術の開発・実用化に向け協力して推進しようとしていますが、ジェレミー・リフキンさんは核融合エネルギーの将来性と問題点について次のように記しています。「問題点①核融合反応を持続させることが本当に可能なのか、現段階ではほんの秒単位の持続時間でしかない。問題点②核融合技術はいくつかの種類があるが、現在開発されている技術は重水素・トリチウム反応である。質量数3の水素同位体であるトリチウムは、リチウムから誘導されるが、リチウムは僅少な物質である。また、再生不可能な資源であるニオビウムやパナジウムを大量に必要とする。問題点③核融合原子炉は“きれいだ”と言われているが、その根拠はない。リチウム抽出によって労働者の健康に害が及ぼされる恐れがある。また、放射性廃棄物が出ないというわけではない。さらに、核融合原子炉の設計に関しては、技術面と保守管理面とで大きな問題が残されている。その一つとして、水素・ホウ素融合の実験の場合、摂氏1億度で操作することにある。有望とされる海水を燃料源とした水素・ホウ素原子炉の場合、反応温度は30億度となっている。これだけの高温と膨大な熱放射に耐えることが出来る材料があるのだろうか、また、始終部品を交換しなくてはならず工場閉鎖という事態が頻繁におこるだろう。発電所が完成しても、それがどのくらいもつのかは誰も知らない。限度は25年くらいと思われるが、今度は発電所を解体して何処かへ運んで埋めなくてはならない。このように、核融合には技術的、資源上の問題がつきまとっている」と指摘しています。
10年程前、トリウム溶融塩炉が国際的に注目されましたが、実用化に向けた研究は進展していないようです。ゼロ炭素社会への移行のため、再生可能エネルギーが普及するのに伴って必要性が高まるバックアップ電源、ベースロード電源として原子力エネルギーを利用する解決問題が、現代文明社会に突き付けられているというのが現実です。
トリウム溶融塩炉は、軽水炉が現在抱えている安全性問題に対する改善の担い手として、放射性廃棄物などの問題はあるものの、冷却が停止しても炉心溶融の懸念は格段に低いため、日本が主導するなど戦略的に研究・技術開発をスピードアップする必要があります。
原子力エネルギー “平和利用の核”の役割を担う発電は、つまるところ使用済み核燃料の再利用、最終処分、および廃炉の問題解決に集約されます。
ところで、日本には16の原子力発電所に54基の原発がありますが、2023年8月時点で地元の同意を得て再稼働したのは大飯、高浜、美浜(関西電力)、玄海、川内(九州電力)、伊方(四国電力)の6発電所・11基のみです。これらの原発はいずれも福島第一原発とはタイプが異なる「加圧水型」で、福島第一と同じ「沸騰水型」では女川(東北電力)、柏崎刈羽(東京電力)、東海第二(日本原子力発電)、島根(中国電力)がいずれも新規基準には合格してはいるものの再稼働に至っていません。
2023年5月31日に成立し既存の原発を可能な限り活用し、電力の安定供給と温暖化ガスの排出削減両立を目指して運転期間最長60年への延長を盛り込んだGX(グリーントランスフォーメーション)脱炭素電源法は電気事業法や原子炉等規制法、原子力基本法など5本の関連法の改正をひとつに束ね、原子力政策を転換するものと言えます。
私たちは、福島原発事故以前ベースロードとして約30%の電力を担っていた原子力発電の恩恵に浴し、便利な日常生活を謳歌してきましたが、事故後も何ら変わりません。
この事実を冷静に受け止めると福島原発事故直後にドイツがとった全ての原発廃止政策のような原発絶対反対という立場に立つことには問題があります。
原発が抱える問題に関連しもう一つの側面として「負の遺産を次世代に出来るだけ残さない」という義務が私たちにはあります。この観点から、原発のトータルな安全性向上に向けて、研究・技術開発は今後も欠かせません。文科省は、GX実現に向けた基本方針に基づき「原子力科学技術に関する政策の方向性」として、原子力利用はエネルギー、経済、および技術上の安全保障に欠かせないと位置づけ「プルトニウムなど燃料を効率よく核反応させられる高速炉や水素も製造できる高温ガス炉など“次世代革新炉”の整備推進を図る方針」を明らかにしています(2024年6月29日読売新聞)。
ギリシャ神話では、プロメテウスは水と土から人間を作り“人類の生みの親”とされています。天界の全知全能の神ゼウスは、神と人間の間で食べる肉の配分をはっきりさせようと、その配分方をプロメテウスに任せました。しかし、ゼウスはプロメテウスの配分を快く思いません。思いあまったプロメテウスは一計を案じ「見た目は美味しそうだけどまずい肉」と「見た目はまずそうだけどうまい肉」どちらかを選ばせました。
ゼウスは、プロメテウスの策にはまり「見た目は美味しそうなまずい肉」を選んでしまいます。怒ったゼウスは、人間から火を取り上げました。人間たちは、火がないことにより寒さもしのげず、肉も焼けなくなり途方に暮れてしまいました。そこで、プロメテウスは一計を案じ、オオイチョウの茎からなる燈心を太陽神の燃える車輪に押し付けて火を移し、その火を隠し持って地上に降りたち、人間に火を与えた、とされています。再び火を獲得した人間は、さまざまな形で火を用い、生活を豊かにしてきました。しかし便利さの代償に、火は時に手にあまる、時にはリスクにもなってしまいました。
生成AIなどデジタル情報化社会が急速に進む現実下で、電力の需要は増え続けています。脱炭素社会を進める一方で、私たちは当たり前のように電気による便利な生活を享受し、安住しています。
今後の電力源をどこに求めていくのか、私たちは解決を迫られています。原子力発電は数々の問題を抱えていますが、“信頼できる安定電源”と“放射性廃棄物処理”の二律背反問題を抱えながら、使わざるを得ない現実を直視しなければなりません。
原子力の“火”は、まさに“プロメテウスの火”に相当するのではないでしょうか。
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