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    アーカイブ フェロー・早田 秀人 エッセイ「思索の散歩道」 2024/10/25
    エッセイ「思索の散歩道」
    日常生活に影響する黒潮と偏西風の大蛇行
     「1739年5月6日、江戸の輸送船(宮本善八船)が、関東の近海で遭難、4か月漂流して絶海の孤島、鳥島に流れ着いた。乗組員は17人の内3人が上陸。島内を探索すると住居と思われる大きさの洞窟を発見。洞窟内に入っていくと、髭はぼうぼう、鳥の毛皮をまとった3人の男が現れ、『私たちは遠州新居のもの、この島に流され今まで生きてまいりました』と」(NHK番組ダークサイドミステリー)。この記録の中で、1720年の「鹿丸」の漂着者は12人。うち発見されるまで生き延びたのは3人で、その期間は19年と想像を絶するものでした。鳥島は火山島で川も湧き水もなく、断崖絶壁に囲まれ絶望ともいえる厳しい自然環境の中で、生き抜こうとする強い意志と知恵の深さに圧倒されます。
     江戸時代、江戸から南へ約615km沖合にある鳥島に漂着した遭難は、記録に残っているだけで1681年から1867年の186年間で15件122人にのぼりました。1841年1月に漂着しアホウドリなどを食べ約4か月を生き抜いたあと、アメリカの捕鯨船に救出され、幕末に故郷へ帰還を果たしたジョン万次郎こと、中浜万次郎もその一人です。当時の帆船航海は風と潮流任せであったため、黒潮の異変は船乗りを怖れさせました。黒潮は、日本の南岸に沿って流れる非常に強い海流で、亜熱帯循環(黒潮→ 黒潮続流→北太平洋海流→カリフォルニア海流→北赤道海流→黒潮)と呼ばれる時計回りの環流の一部です。
    気象庁海洋表層の循環: 海洋表層の循環の模式図(北半球冬季における循環を模式化)
    気象庁:黒潮の典型的流路(1:非大蛇行接岸流路 2:非大蛇行離岸流路 3:大蛇行流路)
     黒潮源流とも呼ばれる流れが、フィリピンの東方を北上し台湾と与那国島の 間を通り東シナ海へ入ります。東シナ海では沖縄舟状海盆の北側の縁に沿って 北東に流れ九州南西沖で向きを変え、吐噶喇(トカラ)海峡を抜けて太平洋へ出ます。 その後、四国・潮岬沖を通り犬吠埼沖から東方へ流れ去っていきます (犬吠埼沖から東方へ流去する黒潮の最後の部分は、黒潮続流と呼ばれています)。
     本州南方での黒潮の流路については、安定した2つのパターンがあり、真っ直ぐ に岸沿いを進む直進型の流路と遠州灘沖の冷水塊を大きく迂回して流れる蛇行型 の流路に分かれます。 以前は、蛇行型の流路は黒潮異状とも言われ、珍しい現象であるとも思われていましたが、海洋観測の蓄積に伴い蛇行現象は安定したもう1つの側面と捉えられるようになり、現在ではどちらも正常な安定した状態であると考えられています。このような黒潮の流路について、海上保安庁は 黒潮の型 と称しています。
     また、気象庁は黒潮大蛇行を2つの基準を用いて判定しています。
     (1)潮岬で黒潮が安定して離岸していること
     (2)東海沖(東経136~140度)での黒潮流路の最南下点が北緯32度より南に位置していること
     この基準によると、1965年以降では、黒潮大蛇行が6回発生しており、2022年4月時点で発生期間と継続月数は次表の通りです。黒潮がいったん大蛇行流路となると、多くの場合1年以上持続します。
     令和6年2月29日気象庁の発表によれば、2017年8月に黒潮大蛇行が発生し、それ以降、大蛇行の状態となっていました。2023年12月で継続期間は6年5か月となり、1965年以降では継続期間が最も長い大蛇行となっています。
     2023年、黒潮は年間を通して潮岬で離岸し、東海沖では北緯32度より南まで南下していました。東海沖の最南緯度は、1月~7月は北緯29.5度~30.5度付近、8月以降は北緯30度~31度付近で推移しました。伊豆諸島付近では、 6月中旬、7月上旬?中旬に三宅島と八丈島の間、または八丈島の南を流れていましたが、それ以外の期間は三宅島付近を流れていました。
     潮の流路の変動は、船舶の経済的な運航コースを左右するほか、黒潮が大きく離岸することによって漁場の位置に影響を与えます。黒潮大蛇行が発生すると、蛇行した黒潮と本州南岸の間に下層の冷たい水が湧き上がり、冷水塊が発生します。この冷水塊も漁場の位置に影響を与えることから、漁業関係者はその動向を注目しています。 また、大蛇行期間には東海から関東地方沿岸で暖水が流入しやすくなり、潮位が上昇することがあります。
     (吉田隆・下平保直・林王弘道・横内克巳・秋山秀樹、2006:黒潮の流路情報をもとに黒潮大蛇行を判定する基準。海の研究.15.499-507。)
     このように、黒潮の大蛇行に伴って海水の性質は影響を受け、流域周辺では複雑な亜分流が形成されることは想像に難くありません。
     宮本善八船や鹿丸はこの黒潮大蛇行から派生した亜流によって漂流を余儀なくされたのでしょう。
     なお、黒潮という名の語源は、その水が黒っぽい色(暗い藍色)をしていることに由来 します。 黒潮は南方からの海水を運んで流れていますが、南方の海水は栄養塩が低くプラ ンクトンが少ないため澄んでいて海に入射した太陽光線が殆ど吸収されるためです。 そのため黒潮の透明度は高く40m程度になります。これに対して、栄養塩が高いためプランクトンが多く、「魚類を育てる親となる 潮」という意味で付けられた親潮の透明度は低く10ないし15m程度です。
     海上保安庁海洋情報部HPによれば、黒潮の速さ(流速)は、場所によって異なりますが速いところで4ノット(約2.1m/秒) 程度で、黒潮流路は40海里(約74km)ほどの幅をもっています。 大きな幅をもつ黒潮の流速分布は横断方向で一定ではなく、最も速い海域(最強流帯)である流軸は、黒潮北縁 から概ね13海里(約24km)に位置します。
     また、流量は、40~50Sv(Svは、体積流量の単位で「スベルドラップ」と呼び、1Svは106m3/秒)になります。 なお、 淀川の年平均流量が0.00027Svですから、約16万倍以上の水を運んでいることになります。また黒潮は、雨が相対的に少なく蒸発量の多い亜熱帯域から流れてくるため、親潮域に比べ塩分は高く なっています。
     現在、天気予報は大気の流れをコンピュータ・シミュレーションで再現・予測する技術に基づいていて、精度もかなり向上してきていますが、黒潮蛇行との関連、海面温度など海洋との関連付けなど不十分で、長期予報の精度は思うように向上していません。
     2024年3月15日、東京大学先端技術研究センターは、偏西風の蛇行が中高緯度海洋との連動によって増幅される仕組みを解明したことを発表しました。発表概要について九州大学応用力学研究所の助教森正人、時長宏樹教授、東京大学先端科学技術研究センターの小坂優准教授、中村尚教授、富山大学学術研究部都市デザイン学系の田口文明教授および海洋研究開発機構の建部洋晶グループリーダーらの研究グループは、「最新の大気海洋結合モデル、ならびに大気モデルを用いて4,100年分にも及ぶ大規模な全球気候の数値シミュレーション実験を実施し、中高緯度域の大気と海洋が連動して双方向に影響を及ぼし合うこと(大気海洋結合と呼ぶ)が、北半球冬季(12~2月)の主要なテレコネクションパターンの変動を選択的に増幅している」ことを明らかにしました。加えて、「具体的には、太平洋・北米パターン、北大西洋振動、北極暖気・中緯度寒気パターンそれぞれの変動のうち約13%、11%、10%が大気海洋結合によって説明されることがわかりました。本研究成果は、大気海洋結合の影響が考慮されていない1か月予報などの長期予報の精度向上や、将来の気候変動予測の不確実性低減に繋がることが期待されます」という概要です。
     一方、京都産業大学理学部宇宙物理・気象学科の高谷康太郎教授は、気象力学で明らかになる異常気象の謎のテーマとして偏西風の蛇行を追う研究結果を発表しています。
     また、海象の変化ともかかわりが深い気象は、日本には夏は暑く、冬は寒い、その間に春と秋があり四季があることを感じられます。ときには冷夏や暖冬になって農作物の不作やスキー場の雪不足が起きたりします。近年では、大量の雨が局地的に降るゲリラ豪雨なども増えてきました。こうしたことがあるたびに私たちは「異常気象だ……」、「地球温暖化の影響だ」と騒ぎ立てます。
     異常気象について、EUの気象情報機関コペルニクス気候変動サービス、副所長サマンサ・バージェスさんは、「2023年の気温は少なくとも過去10万年の間で最も高かった可能性が高い。」と事態の切迫感に危機を訴えました。同じく同機関は、「2024年6~8月の世界の平均気温は、16.8度で1940年の観測開始以来の最高を記録した」と。
     また、米国立気象局(NWS)の気候科学者ブライアン・ブレットシュナイダーさんによると「今年の夏は世界の平均気温も過去最高だった」と指摘しています(2024年9月19日日経新聞)。
     これらの機関の発表と軌を一にするように2024年4月からカナダの山火事は増え続け、西部アルバータ州が非常事態を宣言、6月には東部ケベック州でも多数の火災が発生、またブリティッシュコロンビア州でも市場最大規模の山火事が起き、カナダ森林火災センターによると「これらの火災による森林消失面積は、18万平方キロメーター以上と日本の国土面積のほぼ半分に相当する」と2024年1月14日付けの日経新聞は報道しています。
     さらに、2024年8月13日読売新聞によれば、米非営利研究機関クライメート・セントラルは、地球温暖化の影響で、最低気温が25度を超える日が世界各地で大幅に増えたとする解析結果を発表、東京では1年間に約27日、大阪で約30日増加したと発表しました。
     南米アマゾン川流域では、記録的な干ばつにより河川の水位が記録的水準に低下し、一部では河床が干上がり船舶の航行が不可能になっています(2024年ロイター/Jorge Silva)。
     大気海洋結合の典型的な現象は、よく知られている「エルニーニョ現象」です。エルニーニョ現象で熱帯の海水温が上昇し、偏西風が蛇行して異常気象につながるという因果関係は経験的には知られてきました。しかし、海水温の上昇が一体どうしたら偏西風の蛇行につながるのか、現時点ではわかっていないことが多くあります。
     さらに、高谷さんは「そもそも偏西風は、南北両半球の中緯度域の上空10㎞ほどの高さを、西から東に、基本的にはほぼまっすぐに吹く風です。地球が自転していることなどによって発生する気流で、1年を通じて中緯度域でほぼ常に吹いており、強いところでは秒速70?80mほどにも達します。飛行機は偏西風に乗って飛ぶと目的地に早く着くし、逆らって飛ぶと燃料を多く消費します。
     その偏西風と異常気象はどう関係するのでしょうか。偏西風は、暖かい領域と寒い領域の境目で、北半球では偏西風の南側は暖かく、北側は寒くなります。この偏西風が通常の経路から南北に蛇行することがあって、そうすると普段は暖かいはずの地域が寒くなったり、寒い地域が暖かくなったりします。ある条件が揃ってその蛇行幅の大きな状態が一定期間続くと、異常気象の発生につながります。
     近年は、冷夏が続いたり、暖冬だったり気象の異常が珍しくなくなりました。気象の変化による海水温分布の変化などにより海流も変動、自然相手の農業や漁業に多くの影響を与えることが顕著になりました。日本の気候変動を見るには、日本周辺だけではなく全球の気候にも注目しなければならない」と指摘しています。
    図は、日本付近に寒気が襲来するときの、典型的な2つの偏西風蛇行のパターンです。
             図a:大陸上での偏西風の蛇行が卓越するパターン。
             図b:極東付近でS字型の偏西風の蛇行が卓越するパターン。
     高谷さんの主な研究手法は、全球の日々の気温や降水量などが過去50~70年分蓄積されている「全球データ」により解析した研究です。この研究から日本の「寒冬」を引き起こす偏西風の南北蛇行のパターンの特定と、その物理学的なメカニズムを明らかにしました。
     それまで知られていたのは、偏西風がヨーロッパで大きく南下し、ユーラシア大陸で北上したのち、日本付近で再度南下し、日本がその北側に入るというものでした(図a)。
     しかし高谷さんは、偏西風が日本付近でS字のようなカーブを描くパターンを見出しました(図b)。この時も、それまで同様、日本は寒気に覆われます。日本の気候変動を見るには、日本付近だけでなく、全球の気候にも注目しなくてはいけないのだと、あらためて気付かされました。
     高谷さんが最近取り組んでいるのは、梅雨時期から夏にかけて近年多い集中豪雨と、偏西風との関連です。
     偏西風は、夏場も冬場よりやや北上したところで、冬場ほど強くありませんが吹いています。例えば2018年の西日本豪雨の原因は南から大量の水蒸気が流れ込んだためだと言われていますが、過去にも同程度の水蒸気は流れ込んでいたというデータもあります。ただそれが北に抜けてしまえば大雨にはなりません。そこで「この時は偏西風の蛇行で寒気が日本付近まで南下してきて、熱帯からの水蒸気がその上を駆け登ることで強い積乱雲を広い範囲で発生させたのではないか」という仮説を立て、検証しています。
     数式による大気海洋結合モデルを用いない限り客観的な理解は得られない、と高谷さんは力説され、さらに「基礎研究によるデータの蓄積は人類の知見を増やし、いつかどこかで役に立つものです。現在、ユーラシア型とか北アメリカ型などと個別にしか説明されていない偏西風の南北蛇行の色々なパターンについて、それらを統一的に説明する理論を提唱するという大きな目標を立てています。 偏西風は、場所や時期によって蛇行のパターンも構造も異なります。現時点では、その違いを統一的に説明する理論が完全ではないため、異常気象の発生原因の特定や季節予報の精度に限界があります」と結んでいます。
     現代社会は科学技術発達の恩恵により、地球上で発生するさまざまな自然現象が解明されてきました。百年前にアインシュタインが提唱した相対性理論は、カーナビなどのGPS技術にとって不可欠だし、コンピュータになくてはならない半導体は、量子力学による理論成果の賜物です。
     昔の人々が、先人の生きる知恵を主に口伝によって引きつぎながら、自然の恩恵に感謝し、と同時に平穏な状態がいつ変わるか分からない恐怖と対峙しながらに謙虚に向き合ってきました。私たちは、今と昔の社会の有様両方に目を向けて、自然に接していく態度が大事だと痛感させられます。
     太平洋沿岸で生業を営んでいた昔の人々は、海に接してきた長年の経験から、海は常に風によって波の状態も潮の流れも、さらに風、潮の臭いまでも季節の変化と同じく変わることを日常的に体感していたと言われています。
     先人たちは、自身の体感に反しながら生活のため、気まぐれにいつ変わるか分からない潮の流れに遭遇し、思わぬ方角へ舟が流されかねない恐怖と戦いながら、海に出ざるを得なかった、のだと想像されます。
     話は遡りますが、養老元年(717年)、19歳にして第9代遣唐使船の遣唐留学生に選ばれて渡海、唐王朝玄宗皇帝の時代に政治の中枢にまで上りつめたことで有名な阿倍仲麻呂は、帰国船が東シナ海へ出てからから、暴風によって南へ流され安南(今のベトナム)沿岸に漂着し、ハノイで6年間勾留を受けた後、唐に戻ることが出来、玄宗皇帝の近臣として長安で生涯を終えました。「天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも」は百人一首にも選ばれあまりにも有名です。
     現代は科学技術の発達とともに、地図(Map)、海図(Chart)および「全地球測位システム」(GPS:Global Positioning System)など航行支援施設が海洋航海のインフラとして整備され、船舶の鋼製化、大型化、動力化と航海術の進歩によって、世界中くまなく安全な航海が出来るようになりました。
     昔の人は、天災によって農作物の不作、不漁、原因が分からない疫病の流行など、日常生活で不安と鉢合わせの生活を余儀なくされていたことでしょう。現代社会は、科学技術の発達により自然がもたらす様々な現象による不安は可成り解消されました。しかしながら、地震や水害、異常気象はじめ、世界各地で絶えることが無い個人、社会、民族、国家間など利害の対立による紛争、戦争による社会不安など、科学技術発達の負の側面が私たちの日常生活を追い込んでいる部分も少なくありません。それだからといって、科学技術の恩恵を放棄するという短絡思考に陥ってはなりません。
     これからの社会の在り方は、物質的な現象等を対象とする自然科学は形而下であり、人間のあり方根本を問う学問がより重視されなくてはならない、という意識の転換です。
     アインシュタインは、後に自ら提唱した理論が核兵器開発に利用されたことを嘆き「科学者の大多数は、経済的には全く自立しておらず、また、社会的責任感のある科学者はまれなので、方向を自分たちで決められない」と自嘲しています。
     日常生活で私たちは、まま理系だ、文系だと自らを狭い型に嵌めて縛りがちですが、そうではなくて人間のあるべきは何かの思想を追求する形而上の科学をより重視し、正しい判断基準を養うことに努めなくてはなりません。



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