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    アーカイブ フェロー・早田 秀人 エッセイ「思索の散歩道」 2025/03/17
    エッセイ「思索の散歩道」
    実生活とエントロピーの法則
     エントロピー(entropy)とは、ドイツの理論物理学者クラウジウスが、1865年に熱力学で導入でした概念です。「エネルギー」の英語energy の“en“と「変化」を意味するギリシャ語 〝tropy〟 を合成してクラウジウスが考案しました。
     エントロピーの法則とは簡単に言うと「ある物を別のモノに形を変えたり、人工的に物を作ったりすると、その過程で無秩序な状態を経て、新たな均衡状態を作り出すこと」だと言えます。例えば、熱いコーヒーに冷たいミルクを注ぐと、熱は温度の高い方から低い方に流れ、混ざり合う無秩序な状態を経て“カフェオレ”という新しい形に変化し均衡します」。
     ところで「熱力学の法則」には第一法則と第二法則があり、第一法則は「宇宙における物質とエネルギーの総和は一定で、創成されることも消滅することも決してない。また、物質が変化するのはその形態だけで本質は変わることはない」という有名な「エネルギー保存の法則」です。そして第二法則は、「物質とエネルギーは一つの方向にのみ、すなわち使用可能なものから使用不可能なものへ、あるいは利用可能なものから利用不可能なものへ、さらに秩序化されたものから無秩序化されたものへと変化する」という「エントロピーの法則」です。
     著書「レジリエンスの時代」などで知られる米国の経済社会理論家であるジェレミー・リフキンさんは著作「エントロピーの法則(竹内均訳 祥伝社)」の中で「宇宙のすべては体系と価値から始まり、絶えず混沌と荒廃に向かう」と解説していますが、この「法則」は、熱力学や物理学はもとより、私たちを取り巻く生活・社会環境をも支配していると思います。
     私たちの食料の基となる植物の生産と密接な関係を有する土壌もエントロピー的な流れを形成しています。土壌には肥料となる成分であるカリウム、リン酸塩などの無機物や細菌類、腐食物など多種類の有機物が含まれており植物の成長にとって必須なものですが、永遠にそこに留まっていることはありません。そのほとんどが塵として風に吹き飛ばされるか、あるいは泥土となり河川によって海に押し流されてしまいます。
     土壌は、人間の“時間感覚”で考えれば「岩石の累層と有機物が自然の力によって風化され、新しい土壌にとって代わられる”速度“よりも、浸食作用の進み具合が早くない限り、ほぼ安定した状態を維持しておくことは可能ですが、短期的に見た場合であっても、暴風、干ばつ、洪水など自然の力、あるいは人間による土地開発の結果として、自然能力以上に浸食作用のテンポが早まることはよくあります。厚さ30センチの土壌が入れ替わるには、1000年を要するといわれています。また、”生物資源“は再生可能ですが、自然自体が有する本来の速度を超えて「生物の生産」を速めれば、土壌の枯渇と浸食を引き起こし、膨大な”生物廃棄物“を生み出すことになってしまいます。例えば、遺伝子組み換え作物や成長ホルモン投与による成長の促進が挙げられます。また、遺伝子工学の立場から効率を高めるために優れた生物だけを残そうとすれば、反面遺伝子(対立遺伝子)が有する多様性を損なう危険性を伴います」と普段私たちが意識することもないような「土壌の再生」に関わる問題を指摘しています。
     因みに、反面遺伝子(対立遺伝子)は“親”から受け継いだ置換可能な2組の染色体が減数分裂で生殖細胞が作られる際、親が保有している遺伝情報は“対”になっており2つの遺伝子はそれぞれ別の細胞に入り、親から与えられた情報を保存するなどして生物循環を支える役割を果たしています
     耕運機で土を粗く耕し、化学肥料や農薬などを大量に使用して、私たちはより効率的に役立つ食物を手に入れようとしてきましたが、土壌の再生の側面からみると、土壌細菌、菌根類、ミミズなどの小動物の生息などによる生態系の循環に反する行為を行っていると言えます。水産物についても、昨今陸上養殖が産業化されていますが、効率化をはかるための成長ホルモンや人工タンパク質の投与、養殖池の水循環処理などの作業過程は自然の悠長な再生サイクルに反するものです。
     ところで、マルサスは、「食料生産は算術級数的にしか増えないが、人口の増加は幾何級数的に増える」としています。現代人の食欲や性欲、征服欲などの欲望は肥大し続け、留まるところを知らない状況が続いています。植物が自然に成長するサイクルに頼っている限り、増え続ける人間の食欲を満たすに足る食料の生産はとても追いつきません。
     「生物の場」という概念に取り組んだ、ロックフェラー大学の生物学者ポール・ワイズ教授は「細胞の一個一個は常に全体の位置と働きに連動しており、全体の均衡を破るような強い衝撃を受けると「組織全体のシステムを維持するべく、組織は一団となって、対抗する」と論じています。人工的に植物本来の均衡を破るような行為は自然の摂理に反するものだと言わざるを得ません。
     食物が人間の口に入り消化・吸収されたあとの排泄物や使用済みの工業製品は、すべて廃棄物となります。見方を変えれば、現代社会は大量のごみを生産する一つのシステムとも言えます。こうした廃棄物を資源ごみとして回収、リサイクルして再生する場合には、新たなエネルギーが必要となるため、エントロピーの法則に反する行為であると言えます。
     私たちは、将来への不安から解放されようと科学技術を駆使し自然を操作するなど自分たちにとって都合のよいよう環境を変え、「生物界」に君臨、覇者となったかのように振る舞っていますが、全生物界からすれば“裸の王様”以外の何物でもありません。
     その昔、私たち人間は活動量は小さく活動範囲も狭かったため、ゴミや汚物は川に流したり土を掘って埋めたり、肥溜めで有機肥料にするなどして、自然の回復力の範囲内で物質を循環させる「自然回生・浄化系」に頼っていました。人間は自然の循環サイクルの中で生活することができていたのです。
     西洋文明から発した物質至上主義は、資本主義経済の飛躍的発展によって受け入れられてきましたが、ゴミ問題一つとっても破綻をきたしつつあるように感じられる今日です。
     2050年ゼロカーボン実現を目指す政府の方針に沿って。持続可能な循環型世界を構築する際に、国に任せるだけでなく、私たち一人ひとりがエントロピー法則に立ち返り様々な日常的活動に対して妥当性を判断し、「やるかやらないか」を決定することが今直ぐにでも要求されています。
     現代は、物質を扱う形而下の科学技術万能ともいえる社会が築かれていますが、これからは、形而上の「人間のあり方、社会の在り方」を扱う哲学、倫理がより一層必要となります。これからは「何をしたかではなく、何をしなかったか」を誇れる、またそれに価値を持つ世界を創ることが、私たちに課せられた責務だと断言できます。



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