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アーカイブ フェロー・早田 秀人 エッセイ「思索の散歩道」 2025/05/01
約1万年前、世界の森林面積は62億haあったといわれています。人類にとっては文字通り“使い切れないほど”の豊富な資源でした。その恩恵を受けてヒトは文明を発展させていきましたが、皮肉なことに文明が発展し人口が増えるほど森林は失われ、現在では「世界の森林面積は40.3億ha(環境省)まで落ち込んだだけでなく、「毎年約520万haの森林が失われています」(林野庁)。
森林面積の減少は、急速に進んだ近代文明化による“アスファルト・コンクリートジャングル”とでも言うべき都市化や農業などの開発による大規模な森林伐採が大きな要因と考えられています。そして森林面積の減少は気候変動につながり、森林火災を激甚化させ多くの国や地域に多大な被害・損害をもたらしています。
2023年、異常気象に見舞われたヨーロッパやロシア、北米では森林火災が猛威を振るいカナダ・ブリティッシュコロンビア州、アメリカ・ハワイ州、アメリカ・カリフォルニア州モレノバレー、ギリシャ・ロードス島、イタリア・シチリア島パレルモ、スペイン・ラバルマ島などで大規模火災が発生しています。
世界資源研究所(WRI)は「過去20年間で森林火災の被害面積は2倍近くに広がり年間800万ha以上の森林が失われている。森林火災の範囲は拡大して、ブラジル、ボリビア、アルゼンチン、ペルー、チリなどでは日本の国土面積の凡そ2.3倍に当たる86万平方kmの草原や森林、湿原が焼失した」と発表しています。北米でも大規模な火災が発生、カナダでは2024年5月に約1万haの森林が焼失、アメリカ・カリフォルニア州でも3400ha以上焼失する火災が発生しています。また、南米チリでも森林火災が発生、120名を超える住民が犠牲になったと報告されています。
一方、直近5年間(2019年~2025年3月)における日本の森林火災の発生件数は平均すると年間で1,300件と多く、中でも2025年2月19日に発生した岩手県大船渡市の森林火災は6日間燃え続け、およそ600ha(大船渡市総面積の約8%)を焼失する大火災(焼損面積は約700ha)となっています。2025年は大船渡市以外でも山梨県の笛吹市、北杜市、上野原市、栃木県矢板市、岡山市南区、広島県江田島市、愛媛県今治市など各地で大規模な森林火災による被災・被害が報道されています。
日本の森林火災の多くは焚き火や火入れが原因の人災ですが、規模が大きくなっているのは気候変動による気象条件に加え、日本人が森に対して無関心になっていることも原因のひとつと考えられます。燃えやすい針葉樹からなる人工林を増やすだけ増やし、カネにならないとなったら放置して枯れ葉・枯れ枝だらけの山にしたことの“ツケ”のようにも感じられます。
写真家の大石芳野さんは日本経済新聞の夕刊「明日への話題(2024年11月26日)見えない戦争」の中で「樹木に覆われた地での暮らしは近代化からは遠くても、住民には当たり前のような日常がある。例えばラオスでは固有の文化の草根木皮の染織を長く続けてきた。『見て、この山々は色の宝庫。染色の原料はいくらでもあるの』と話し、さらに続けて「村の女性たちは色を組み合わせた糸を機にかける。伝統的な柄や民話ばかりか、村々での日常的な暮らしぶりも染織で表現する。水汲み、米つき、祭りや寺院、楽器の演奏、大きな黒い瞳の女性など、自分たちの生活を染織で記録している『戦争の最中には米軍の戦闘機も織った』ときいたけど見つけられなかった」と森と共存する人々の暮らしを紹介しています。「森との共存」は現代文明が自ら捨て去ってきた”道”ですが、そこにあった心の豊かさが見直され、再び森との付き合い方を見つめ直そうという動きも遅まきながら起こっていることも確かです。
UNFI(国連森林措置)は持続可能な森林経営の達成を目標に掲げ「世界森林目標とターゲット」への支援を表明し、「6つのテーマと目標」を明示しています。
第1に掲げられたテーマと目標は「保護、再生、植林、再造林を含め持続可能な森林経営を通じ、世界の森林減少を増加へ反転させるとともに森林劣化を防止、気候変動に対処する世界の取組に貢献するための努力を強化する」ことです。
第2は「森林に依存する人々の生計向上を含め森林を基盤とする経済的、社会的、環境的な便益の強化」。
第3は「世界全体の保護された森林面積やその他の持続可能な森林経営がなされた森林の面積、持続的な経営がなされた森林から得られた林産物比率の増加」。
第4には「持続可能な森林経営の実施のため大幅に増加された新規や追加的な資金をあらゆる財源から動員するとともに科学技術分野の協力・パートナーシップの強化」を図ること。
第5のテーマと目標は「UNFIを通じ持続可能な森林経営を実施するためのガバナンスの枠組みを促進するとともに森林の2030アジェンダへの貢献を強化」すること。
そして、第6のテーマと目標には「国連やCPF(森林に関する協調パートナーシップ)
加盟組織間、セクター間、関連ステークホルダー等あらゆるレベルにおいて「森林の課題に関して協力、連携、一貫性および相乗効果の強化を図ること」を掲げています。
1992年およそ200の国・地域が集まり地球温暖化問題に対する国際ルールに関する会議(Conference of the Parties)が行われ、1995年3月第1回会議(COP1)がドイツ・ベルリンで開催されています。1997年12月には日本の京都で開催されたCOP3では「先進国の温室効果ガス排出量について「法的拘束力のある数値目標が各国ごとに設定され、所謂『京都議定書』として採択されています。2015年11月から12月にかけフランス・パリで開催されたCOP21では、所謂「パリ協定」として4つの世界共通の長期目標を掲げました。
①世界の平均気温の上昇を産業革命以前と比べ2℃より低く1.5℃以内に抑える努力を
③5年ごとに世界全体の進捗を確保する(グローバル・ストック・テイク)
そして「今世紀後半に温室効果ガスの人為的な排出と吸収のバランスを達成するよう世界の排出ピークをできるだけ早期に実現するとともに最新の科学技術により削減のスピードを飛躍的に向上させる」とするビジョンを打ち出しています。
2021年イギリス・グラスゴーで開催されたCOP26では「世界の平均気温上昇を産業革命前と比較して1.5℃に抑えること」を目標とし、その達成に向けて整合的なものにするよう強く求めています。
さらに2024年11月にアゼルバイジャンのバクーで開催されたCOP29に於いては
①開発途上国への資金援助を2035年までに年間最低3000億ドルまでに増やす
といった成果が見られましたが、一方で気候変動への適応と損失・被害に関する議論は空転、合意に至ることなく、問題は2025年にブラジルで開催される予定のCOP30に持ち越されています。ただ、「掘って、掘って掘りまくれ」と石油や天然ガスなど化石燃料の採掘に執念を露わにし「COP」への資金提供にも難色を見せているアメリカのトランプ大統領の対応次第では今後の「気候変動問題」は予想を遥かに超え事態に広がることも考えられます。
「森林」は人の暮らしに欠かせないさまざまな役割を担い、「建築資材や家具などの生産」、「生物多様性の保全」や「地球環境の保全」についても重要な役割を果たしています。さらに、「土砂災害防止・土壌保全」、「水源の涵養」も国土の保全に欠かせない森林の役割です。また、「快適な環境の形成」「保健・レクリエーション」や「文化」など、より良い生活環境づくりの面でも重要な役割を担っています。
UNFI(国連森林措置)は、「持続可能な森林経営の達成」を目標に掲げ「世界森林目標とターゲット」の支援を表明しています。
“森林大国”であるわが国が喫緊の課題とし成すべきことは、豊かな森を取り戻し、地球の温暖化に歯止めをかけるための「森と共生する仕組みの構築、ひいては地球の温暖化対策」に全力をあげて取り組み、世界にさきがけたモデルケースを見せることではないでしょうか。その実績を掲げることこそ“気候変動時代”で混迷が続く世界文明のなかにおいて日本が果たせる役割だと思います。
探検家で医師でもある武蔵野美術大学名誉教授の関野吉晴さんは森林と人間の関係について「この星の奇跡に守られている」としています。ただ、他国への侵略や宗教間紛争、はたまた極端な思想を掲げるリーダーの台頭など不穏な日々を日常化させている現代人の行動が「この星の奇跡」に守られる資格があると胸を張って言うことはできません。
私たちが守られる資格を得るための“ヒント”を、日本のあるフォレスターが語っています。「森林づくりはパズルゲームのようです。様々な”性格“を持った樹木を最適な場所に植林し育成するゲームです。しかし正解は一つではありません。森林を将来どのような姿にしていきたいかによって答えは変わってきます。人が散歩できる自然公園にするのか、野生動物の楽園にしてやるのか、家や道路を土砂崩れから守る森にするのか、栗やきのこなど山菜が沢山採れる森にするのか、遠くから眺めて美しい花や紅葉が見事な森にするのか。答えはいくつもあると思います。豊かな森の定義は状況によっていくらでも変わります。身近な森の未来像を考えている人たちがそれぞれ森づくりについて真摯な意見を出し合うことで、人間と森林の理想的な“立ち位置”を形成できます。そうしてできた豊かな自然環境を私たちの身近なものにできたら、自ずと気候変動にも対応できる森づくりになる」と続けています。
「まずは木を識ること」。理想的な地球環境は、その延長線上にあるはずです。
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