|
アーカイブ 研究所長・井坂 公明 メディア 2023/12/02
米ニューヨーク・タイムズ、有料読者1千万人突破の内幕
=ニュースと、ゲームやクッキングとの「パッケージ販売」が好調=
米有力紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)は11月8日、2023年第3四半期決算を公表し、9月末時点で総有料読者数が6月末時点より20万人増えて1008万人になったことを明らかにした。有料読者が1000万人を突破したのは初めて。ニュースの読者にゲームなど非ニュース系コンテンツを抱き合わせで購入するよう促す「パッケージ販売」が好調で、読者1人当たりの売上高が伸び増収増益にもつながった。またパッケージとすることにより、読者がニュースコンテンツに飽きたり不満を持った場合でも、他のコンテンツがあるおかげで解約を免れる効果が期待できるとみられる。
有料読者のうち、ニュースやゲームなどのデジタル読者が941万人(23年6月末比21万人増)を占めた。一方、紙の新聞の読者は67万人(同2万人減)にとどまった。NYTのデジタルコンテンツには、主軸である「ニュース」をはじめ、「ゲーム」(パズルなど)、「クッキング」(料理レシピなど)、「ワイヤーカッター」(商品紹介など)、「ジ・アスレチック」(スポーツ情報)の5種類がある。デジタル読者の内訳は、「パッケージ契約または複数契約」(2~5種類の契約)が379万人(同49万人増)、「ニュースのみ」の契約が302万人(同30万人減)、ニュース以外の単数契約が260万人(同2万人増)。この1年ほどの推移を見ると、新規読者の増加とともに、既存の「ニュースのみ」の読者が複数契約に移行しているとみられる点が目につく。(表参照)
NYTは2011年3月に電子版(ニュース)を有料化。15年以降は速いペースで読者を増やしてきたが、デジタル媒体は紙の新聞に比べ利幅が小さいという課題に直面してきた。マーク・トンプソン前最高経営責任者(CEO)も20年9月の国際新聞編集者協会(IPI)オンライン世界大会で「(同じ利益を上げるのに)デジタルでは紙の読者数の5倍から10倍が必要だろう。1人当たりの収益が紙に比べてはるかに小さいからだ」と指摘している。
そこで打ち出したのがニュースと4つの非ニュース系コンテンツの中から複数のサービスを利用してもらい、読者1人当たりの売上高を増やそうという戦略だ。この狙いは当たり、複数サービスの契約者は213万人だった22年第3四半期以降、四半期ごとに250万人、302万人、330万人、379万人と順調に伸び、この1年間で166万人も増加。デジタル読者全体の4割超を占めるに至った。これに伴い、デジタル読者1人当たりの月平均収入(ARPU)は22年第2四半期以降5四半期連続で上昇し、23年第3四半期は9.28ドル(前年同期比0.41ドル増)となった。同四半期の売上高は5億9830万ドル(約900億円、前年同期比9.3%増)、営業利益は6360万ドル(約95億円、同24.6%増)と好業績だった。
◆月額300円で全デジタルコンテンツが利用できる「価格破壊」
NYTが最も力を入れているのが、ニュースを含む全てのデジタルコンテンツのパッケージ契約だ。11月30日にNYTから筆者に届いた「International Readers」(米国外の読者)向けのメールオファーによると、1週間0.5ドル(最初の1年間限定)で全5種のデジタルコンテンツを利用することができる。日本円に換算すると月額約300円で全てのコンテンツが読めるというのは、まさにデジタルならではの「価格破壊」と言えよう。2年目以降は1週間3ドルの通常価格となるが、この水準の購読料なら解約率は低く抑えてみせるというコンテンツへの自信もあるのだろう。
NYTのサイトにアクセスして日本の読者向けの購読料を確認すると、12月1日現在、5種全てのコンテンツが読めるパッケージ契約は、最初の6カ月間が1週間0.5ドル(7カ月目からは通常価格の3ドル)と、メールオファーより割引期間が短くなっている。単数契約は、「クッキング」が1年目は月額1.5ドル(2年目以降は同3ドル)、「ゲーム」は月額3ドル、「ワイヤーカッター」は4週間5ドル、「ジ・アスレチック」は1年目は月額1.99ドル(2年目以降は同3.99ドル)。メニューには「ニュースのみ」の選択肢は示されておらず、全体としてパッケージ契約に誘導するような料金体系になっている。
一方米国内では、現在全5種のパッケージ契約で、最初の6カ月間は1週間1ドル(7カ月目からは通常価格の同6.25ドル)という特別オファーが実施されている。国外に比べ割高の料金だ。メニューには「ニュースのみ」の選択肢はなく、やはりパッケージ契約を前面に打ち出す内容となっている。
パッケージの効用としては、料理やスポーツ情報が読者とのひとつの“接着剤”となって、ニュースに不満がある場合でも解約を防止する効果を期待できるとの見方がある。また、NYTのメレディス・コピット・レビアンCEOはこれまで、読者と直接的な関係を持ち、コンテンツの利用にもっと時間を費やしてもらうのが理想的であると述べてきたが、ニュースにゲームやスポーツ情報、料理などを抱き合わせることで、読者により長い時間サイト内を回遊してもらえるようになる可能性もある。
NYTのニュース有料読者数(デジタルと紙の新聞の合計)は23年3月現在で725万人(デジタル654万人、紙71万人)と、「部数世界一」を誇ってきた読売新聞の朝刊販売部数644万部(日本ABC協会調べ)を大きく上回っている。初めて上回ったのは22年3月の時点(NYT688万人、読売687万部)だった。
ただ23年第2四半期からは表示方法が変わり、デジタルでニュースを購読している読者数が見えにくくなってしまった。それまでの決算で開示していた「ニュースを契約しているデジタル読者」に相当する数字が抜けたからだ。23年第3四半期で見ると、前述のように「ニュースのみ」の契約が302万人、「パッケージ契約または複数契約」(2~5種類の契約)が379万人いるが、後者の中にニュース契約を含む読者が何人いるかは明らかにされてない。この1~2年の決算資料を分析すると、後者のほとんどがニュース契約を含むパッケージ契約または複数契約であると推測することはできるが、正確な人数は外部からはうかがい知れない。表示方法を変えた理由は現段階では不明だ。
NYTは「世界を理解し、世界と関わろうとする全ての好奇心旺盛な、英語を話す人々にとって不可欠な定期購読物となる」(レビアン氏)という戦略の下、「27年末までに有料読者1500万人」を獲得するという経営目標を設定している。22年第3四半期からの1年間で有料読者は75万人増加したが、このままのペースで推移すれば、24年からの4年間で300万人ほどの増加にとどまり、27年末の有料読者は1400万人にも届かない見通しだ。読者1人当たりの購読収入の拡大には成功しているものの、今後は新規読者の獲得により力を入れざるを得ないだろう。目標達成にはさらなる工夫が必要となりそうだ。(了)
| |
|