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アーカイブ 主席研究員・櫻井 元 エッセイ 2026/03/18
「ピザコネクション」から州首相へ --ドイツの州議会議員選挙に見る連邦与党の失敗
ドイツで会った政治家のうち、最も若かったのは当時33歳、当選2回の「同盟90/緑の党」のジェム・オズデミル(Cem Ozdemir)連邦議会議員だった。ベルリンに首都機能が移る前、ボン市内のイタリア料理店の地下の個室に超党派の若手議員が集まり、ピザを囲んで、自由闊達に政策論を交わしていた。この「ピザコネクション」と呼ばれたグループの主要メンバーの1人だった。
社会民主党(SPD)と緑の党の「赤・緑連立」(赤はSPDのシンボルカラー)が1998年秋に発足したあとも、そのグループは続き、政策によっては、保守のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU、保守の色は「沈着」の黒)、中道の自由民主党(FDP、黄色)に緑の党を加えた「ジャマイカ連立」(緑・黒・黄3色の国旗)を目指してもいい、と公言する議員もいた。
オズデミル氏はドイツ生まれだが、トルコからの移民2世で、トルコ系では初の連邦議会議員だった。話題はそっちだろうと予想していたようで、「ピザコネクション」や「ジャマイカ連立」について聞こうとする私に「なぜ日本の記者が、我々の勉強会に興味をもつのか」と不思議そうな表情を浮かべた。
オズデミル氏は2002年選挙の前、公務出張でたまったマイレージポイントを私的使用したことなどが批判されて議員を辞職。緑の党の比例名簿に登載済みだったが、当選も辞退した。一時は欧州議員に転じたオズデミル氏だが、党共同代表に選ばれて連邦議会議員に復帰。オラフ・ショルツ(Olaf Scholz)前首相(SPD)の連立政権で食料農業相として初入閣し、FDPの連立離脱により途中から教育研究相を兼務した。
そのオズデミル氏が、バーデン・ヴュルテンベルク州(州都・シュトゥットガルト、人口・約1100万)の次期州首相になることがほぼ確定した。いま60歳、連邦議会議員からの転身となる。
3月8日に投開票された州議会議員選挙(今回から「16歳以上」に引き下げられた当日有権者:7,773,341人、投票者総数:5,406,852人、投票率:69.6%)で、緑の党の得票率は30.2%で第1党、CDUが29.7%で第2党となった。獲得議席数はともに56議席ずつ。第3党は、得票率を倍増させ18.8%に達した極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD、35議席)であり、第4党は、逆に得票率が半減して5.5%に落ち込んだSPD(10議席)だった。FDPの得票率は4.4%にとどまり、「5%条項」によって議席を得られなかった。連邦議会議員の選挙と同様、各党はそれぞれ州首相候補を担いで選挙に臨むので、辛勝とはいえ、「緑・黒」の「キウイ連立」(と呼ぶらしい)の交渉がまとまれば、緑の党を率いたオズデミル氏が、州首相に就くことが定石となっている。また、オズデミル氏は小選挙区の「シュトゥットガルト2区」で、全70選挙区中最高の47.9%の個人票を獲得、地元の放送局は「王座を確実にした」と報じた。
ドイツの16州のうち、バーデン・ヴュルテンベルク州は2011年以来、緑の党のヴィンフリート・クレッチマン(Winfried Kretchmann)氏(77)が、SPDからCDUへと連立相手を代えながら州首相をつとめ、議員を兼務する連邦参議院では、緑の党初の議長にも選ばれた。同氏は学生時代、毛沢東主義に近い共産主義活動家だったそうだが、今や「環境保守派」と呼ばれるなど現実路線で知られ、今期限りで政界を引退する。こうした経緯から、緑の党が州首相の座を守ることは不自然ではなかった。が、州都シュトゥットガルトがメルセデス・ベンツ・グループの本拠地であり、ポルシェやボッシュなど自動車関連産業が州内に集積していることから、経済重視のフリードリヒ・メルツ(Joachim-Friedrich Martin Josef Merz)首相(70)率いるCDUにとっては、同州政奪還が連邦与党としての悲願だった。
外交、安全保障、移民・難民など、オズデミル氏がシンクタンクや欧州議会で積み上げてきた政策については、ほとんどが連邦政府の課題であることから、選挙戦にあたって同氏は、得意分野を封印し、産業政策のエネルギーシフトや行政のデジタル化を掲げ、戦後史の文脈でイスラエルをどう批判すればよいかと悩む緑の党本部の路線問題からも距離を置いた。それでも、今年になって6回記録されている主な世論調査のうち、5回目(3月3日)の調査までは、CDUが緑の党を1㌽から8㌽リード。3日の時点でも、CDUは3㌽の差をつけていたので、比例代表を基本とするドイツの選挙制度では、このままCDUが逃げ切るだろうと予測するのが報道各社の常識だったかも知れない。しかし、最終の世論調査(5日)で両党はともに支持率28%と並び、3日後の投開票日には、緑の党が得票率0.5㌽の差で逆転した。
CDUは土壇場で2つの失敗をした。1つは選挙戦の終盤、学校を訪問したCDUの州首相候補マヌエル・ハーゲル(Manuel Hagel)氏(37)が、教員から「温室効果ガスの問題点について、生徒たちに分かりやすく説明してほしい」と頼まれ、「排ガスや二酸化炭素やあれやこれや……」などと、うまく説明できなかった場面。これを切り取った動画がSNSで拡散され、失笑を買ったり、環境問題に取り組む野党議員から批判されたりした。
もう1つは、ワシントンでの米独首脳会談を前に、弁護士でもあるメルツ首相が、イラン攻撃が国際法に違反するかどうかの判断を棚上げし、3日の首脳会談では、イラン攻撃に伴う基地の使用などを断った英国やスペインを批判するトランプ大統領に対して、メディアの前では何も反論できなかった場面。「個人的な会話の中で説明した」とあとで釈明したものの、欧州の立場を主張しない首相だ、という失望感が広がった。
メルツ首相の前任のCDU党首アンゲラ・メルケル(Angela Merkel)氏は、自伝『自由』にトランプ氏の応対について綴っている。「日本の安倍晋三首相の訪問を受けたときのトランプは、19秒も安倍首相の手を握って離そうとしなかった」。しかし、ホワイトハウスにメルケル氏を迎えたトランプ氏は、玄関先で握手を1回交わしただけで、大統領執務室前でカメラマンたちが2度目の握手を求めても無視し、「もう1度握手をしないと」とメルケル氏がささやいても応じなかった。「トランプはそれがどういう効果をもたらすか、きちんと分かってやっているのだ」「自分の振る舞いを通じて、話題の種を生み出そうとしている」
イラン攻撃が国際法違反にあたるかどうかの判断を棚上げし、イタリアのメローニ首相も踏み切った「小学校爆撃への非難」にも同調せず、トランプ氏の言いなりになっているような映像が流れたら、それだけで足元の支持層は剥がれ落ちていく。為政者は、覚悟すべきだろう。
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