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アーカイブ PRESIDENT Online 2021/08/29 水野 泰志
「政権におもねる"国営放送"になりつつある」NHKの"番組介入問題"が示す末期症状
NHKの最高意思決定機関である経営委員会が自壊しつつある。
7月8日、NHK経営委員会は、NHKのかんぽ生命保険の不正販売報道をめぐって、経営委員会が2018年10月23日に執行部トップの上田良一会長(当時)に「厳重注意」した議事の全容を開示したと発表した。3年近く経ってようやく、である。
「NHKは存亡の危機に立たされるようなことになりかねない」
その当時、「厳重注意」を受けた上田会長は、「厳重注意」に至る経緯が表に出ればNHKはかつてない危機に直面すると警告したという。経営委員会が個別番組への干渉を禁じている放送法に抵触することを確信していたからにほかならない。
そして今、経営委員会がかたくなに公表を拒んできた議事録が白日の下にさらされ、経営委員会の番組介入は疑いようもなくなった。上田会長の「予言」どおり、執行部のガバナンス(企業統治)を問題視した経営委員会そのもののガバナンスが欠けていることが露見したのである。
放送法を遵守できない最高意思決定機関をいただくNHKは、組織としての根本的なあり方が問われる事態となった。それは、NHKが、受信料を支払っている国民のための「公共放送」か、権力におもねる「国営放送」か、を問われる重大局面に立たされることになったともいえる。
NHKのかんぽ不正報道問題の経過を振り返ってみる。
始まりは、2018年4月24日放送の「クローズアップ現代+プラス」。日本郵政グループの郵便局員がかんぽ生命の保険を不適切な営業で販売していたことを報じた。
その後、SNSなどを駆使した続編を制作しようとしたところ、日本郵政グループが激しく反発。8月に入って、続編の放送は取りやめになった。
番組自体に不満をもつ日本郵政グループは10月初め、NHKの番組幹部が日本郵政グループに対し「会長は番組制作に関与しない」という趣旨の説明をしたこと(放送法上では番組制作の最終責任者は会長)を捉えて、長門正貢日本郵政社長、横山邦男日本郵便社長、植平光彦かんぽ生命保険社長の三者連名で、経営委員会に「ガバナンス体制の検証と必要な措置」を要求した。
主導したのは、NHKを監督する総務省の事務次官の経歴をもつ鈴木康雄・日本郵政上級副社長。抗議文を発出する前には、やはり総務省の監督下にあるNTT西日本の社長を務めた経営委員会の森下俊三委員長代行(当時)を訪ね、きっちり対応するよう求めていた。
経営委員会は、日本郵政グループの意に沿う形で議論を進め、石原進委員長(当時、元JR九州社長)と森下委員長代行のリードで10月、上田会長に「厳重注意」を行った。執行部は反発したものの、結局、上田会長が日本郵政グループに事実上の謝罪文を届け、いったん幕引きとなった。
「厳重注意」をめぐる一連の経緯は、一切公表されず水面下に埋もれていたが、1年ほど経った2019年9月、毎日新聞の報道で発覚した。
「経営委員会は個別番組への編集に干渉することを禁じた放送法に違反しているのではないか」「『厳重注意』によってNHKの番組制作の自主自律が脅かされたのではないか」という「公共放送・NHK」の存立の根幹にかかわる問題が急浮上したのだ。
国会でも取り上げられ、事実関係を解明するため、議事録や関連資料の全面開示を求める声が高まった。しかし、経営委員会は「非公表を前提とした意見交換の場での議論だった」として「厳重注意」に至る議事の開示には応じようとしなかった。
一方、2019年夏ごろから全国の郵便局でかんぽ生命保険の不正販売が表面化、膨大な数の被害者が存在することがわかり、日本中が騒然となった。
「クローズアップ現代+」の報道はまさに正鵠せいこくを射ていたのである。
日本郵政グループが不正販売を認めた後の7月には、棚上げされていた続編が放送されたが、もはや日本郵政グループに番組を押しとどめるすべはなかった。
年末になると、日本郵政グループは、NHKに抗議した3社長と鈴木上級副社長が引責辞任、3カ月の業務停止に追い込まれるという前代未聞の不祥事に発展した。
経営委員会は12月、上田会長の再任を見送り、「厳重注意」を主唱した森下委員長代行が委員長に昇格。新体制になっても、議事録の非開示を継続した。
ところが、事態は、経営委員会の不実を許さぬ方向で展開する。
2020年5月、NHKの情報公開・個人情報保護審議委員会(委員長・藤原靜雄中央大学大学院教授)が、議事録の全面開示を答申したのだ。
さすがに経営委員会も無視するわけにはいかず、しぶしぶ「議事概要」だけを公表した。
しかし、答申をないがしろにされた審議委員会は2021年2月、改めて全面開示を答申。そこでは、「情報公開制度の対象となる経営委員会が対象文書に手を加えることは、改ざんというそしりを受けかねない」と指弾した。
そして7月8日、経営委員会は、「厳重注意」から3年近く、審議委員会の最初の答申から1年余り経って、ようやく議事の全容を開示、真相が明らかになったのである。
全面開示された議事録で浮き彫りになったのは、経営委員会による番組介入の疑いだけではない。経営委員の多くが放送法をきちんと理解しているとは言い難く、経営委員会という最高意思決定機関の一員としての自覚に欠けることや、当然の責務である議事の透明性を確保しようとしなかったことなど、公共放送を標榜するNHKにとって致命傷になりかねない問題ばかりだ。
経営委員会が「厳重注意」を発した当時の議論を詳しく見てみる。
まず、日本郵政グループから「NHKはガバナンスが効いていない」との抗議文を受け取った直後の2018年10月9日の経営委員会。
石原委員長は、抗議文が発出された背景に「郵政には放送に詳しい方がいらっしゃる」と鈴木上級副社長の存在をちらつかせ、「経営委員会は、番組の中身の問題だと受け入れ難いが、ガバナンスの問題なら放ってはおけなかろう」と、真意は番組内容に対する不満だが、放送法に抵触しないよう「ガバナンス問題」を持ち出してきたとの認識を示した。
これを受ける形で、森下委員長代行は、SNSなどを活用して番組を制作するオープンジャーナリズムについて「ちゃんと取材になっているのか。一方的な意見だけが出てくる番組はいかがなものか」と取材手法を批判、さらに番組制作や取材方法の基準を経営委員会が関与してつくるべきだと踏み込んだ。
経営委員会は、禁じられているはずの個別番組への介入が、「ガバナンスの問題」にすりかえれば容易にできてしまうことを実践してしまったのである。
そして、上田会長を「厳重注意」した2018年10月23日の経営委員会。
冒頭、高橋正美監査委員から「NHKから日本郵政グループへの説明責任は果たされ、ガバナンスに問題はなかった」旨の報告がなされた。
ところが、その報告をあえて無視するかのように、森下委員長代行が「今回の番組は極めて稚拙。ほとんど取材をしていない」「つくり方に問題がある」「視聴者目線に立っていない」と、番組批判の口火を切った。
すると、他の経営委員も口々に「誤解を与えるような説明がある」(小林いずみ委員)、「一方的になりすぎたような気がして」(渡邊博美委員)など、取材方法や番組の内容にかかわる意見が続出。さらに、「番組の作り方が問題にされた。会長はその責任がある」(中島尚正委員)と禁句ともいえる見解まで飛び出した。
そのうえで、石原委員長は、「番組内容の問題」ではなく、あくまで「ガバナンスの問題」を強調、番組責任者へのガバナンス不足などを理由とした「厳重注意」を取りまとめ、上田会長に口頭で「厳重注意」を伝えた。
これに対し、上田会長は、「厳重注意」は「NHK全体、経営委員会も含めて非常に大きな問題になる」と強く反発。さらに、冒頭で紹介した「NHK存亡の危機」発言につながっていく。
監査委員会が「問題なし」と結論づけているのに、経営委員会が「問題あり」と正反対の結果を出したのだから、当然の反応だった。
だが、石原委員長や森下委員長代行は譲らず、「必要な措置」を講じるよう迫った。
上田会長は、執行部に持ち帰ったものの抗し切れず、最終的に日本郵政グループに「(番組責任者の説明は)不十分で遺憾」とする事実上の謝罪文を届けることになり、経営委員会の圧力に屈した形で区切りがついた。
そして2021年7月8日。「議事概要」ではわからなかった「厳重注意」をめぐる議論の全容が判明すると、朝日新聞、毎日新聞、東京新聞など報道各社は、それぞれ社説で「経営委員会の番組介入は明らか」と断じた。放送界に詳しい有識者も、口々に経営委員会の放送法違反を指摘した。
放送法は、「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない」(第三条)と番組編集の自由をうたい、「委員は、個別の放送番組の編集について、第三条の規定に抵触する行為をしてはならない」(第三十二条)と経営委員の権限を規制している。
番組制作や編集に責任を持つのは会長以下執行部で、別組織である経営委員会は番組に干渉できないと、明確に定めているのだ。
だが、「厳重注意」を導いた経営委員会の議論をみると、石原委員長や森下委員長代行はもとより多くの経営委員が、条文に込められた趣旨をきちんと理解しているのかどうかを疑わざるにはいられない発言を続けていた。
かつて経営委員の中には「『ニュースの内容がおかしい』と、報道担当理事に注意しておいた」と自慢げに語る輩もいたというから、不思議ではないかもしれないが……。
経営委員会の事情に詳しい元NHK幹部は「コトの重大性を正確に理解していたのが、経営委員も監査委員も経験した上田会長だけだったというのは、とても残念」と嘆く。
審議委員会が「議事の全面開示」を求める2度目の答申が出されてから5カ月もたなざらしになっていた間に開かれた経営委員会の10回分の議事録である。
これをみると、2度にわたる答申を受けた後も、経営委員会は、すでに公表した部分以外を「黒塗り」にして一部開示にとどめる案を模索するなど、なお全面開示への抵抗を続けていた。
だが、「経営委員会が審議委員会の答申と異なる議決をする場合、NHKの定款に違反する恐れがある」「経営委員が定款を守る義務を定めた放送法に違反するとみなされる恐れがある」という弁護士の見解が示されると、風向きは一変する。
放送法違反の嫌疑が自分たちにかかるとわかったとたんに、多くの経営委員が、それまで営々と積み上げてきた議論を放り出し、次々に答申受け入れに方向転換したのだ。
経営委員としての信念もプライドもあったものではない。単なる名誉職として引き受けていた節もうかがえ、ひたすら保身に走るさまは滑稽にさえ見える。
議論の流れの急変に、森下委員長も、ついに観念。答申に全面的に従うことを受け入れざるを得なくなった。
森下委員長は、いまだに「番組介入には当たらない。その後の放送にも影響はなかった」と悪あがきを続け、辞任する意思はないと開き直っている。
森下氏は、NTT西日本社長に続きNHK経営委員長を歴任、通信と放送の巨大会社のトップを務めるという業績を残したが、すっかり晩節を汚してしまった。
翻ってみれば、経営委員会の大失態は、執行部のトップを「厳重注意」するというNHKにとっての最重要案件を、非公表の議論の場で論じ、極秘に処理したことに行き着く。
そうさせたのは、当時の石原委員長以下の経営委員に、「厳重注意」が放送法に抵触しかねないというやましさがあったからと推察される。
「番組介入には当たらない」と胸を張るなら、最初から堂々と議事を公表し、国民の判断を仰ぐべきだった。
もともと、放送法は「委員長は、経営委員会の終了後、遅滞なく、経営委員会の定めるところにより、その議事録を作成し、これを公表しなければならない」(第四十一条)と、議事録の公表を定めている。
この規定は、経営委員長が恣意的に公開・非公開を判断することを認めているわけではなく、審議委員会も、議事の「非開示」を認めず断罪した。
徹底した情報公開は、国民に受信料を負担してもらうための大前提で、NHKの生命線にほかならない。
かんぽ不正報道問題で、経営委員会は、あまねく視聴者の代表としてNHKの業務をチェックすべき存在だったのに、日本郵政グループという特別扱いの「視聴者」の代弁者と化してしまった。
放送法の理念を十分に理解できず、視聴者代表の自覚を置き忘れ、かんぽ保険の被害拡大を食い止めようとする番組を封じ込もうとした経営委員会の罪は重い。
情報隠蔽いんぺいが視聴者の信頼を裏切ることにつながることがわからないほど、無知蒙昧の集団に成り下がってしまったのである。
もっとも、経営委員会に無理筋を押しつけた張本人は、NHKを監督する総務省の事務次官の経歴をもつ鈴木日本郵政上級副社長だという指摘もある。日本郵政グループの中枢にあって、NHK攻撃にうつつを抜かし、足元で起きたかんぽ不正販売問題では適切な対処ができず被害を拡大させてしまった。その結果は、日本郵政グループ3社長の辞任につながり、さらに、後輩の鈴木茂樹事務次官まで辞任に追い込んだ。そして、いまだに森下委員長をさらし者にしている。
かんぽ不正報道問題は、NHK経営委員会がきちんと機能しているのかが問われた「事件」であり、「公共放送」を維持するための受信料制度の根幹にかかわる問題としてとらえられねばならない。
このため、現在、NHK内部からも検証が進められている。
NHK放送文化研究所の村上圭子研究員が、「文研ブログ」で、8月13日の第一弾を皮切りに、順次、実相を解き明かそうと試みている。
一連のかんぽ不正報道問題が、NHKに残した傷跡はとてつもなく大きい。
上田会長の警告は、まさに現実のものになりつつある。
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