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    アーカイブ PRESIDENT Online 2022/04/07 水野 泰志
    「受信料に守られたNHKしか助からない」民放キー局が一斉に飛び込んだ"ネット同時配信"という沼
    そもそもテレビがオワコンであることに気づいていない
    「進むも地獄、退くも地獄」民放のネット同時配信に勝算はあるのか
     民放キー局が4月11日から一斉に、「テレビ」の番組を、「ネット」を使ってリアルタイムでパソコンやスマートフォンで見ることができる「同時配信」に本格的に乗り出す。
     先行するNHKと違って、民放界は「同時配信」が新たなビジネスとなる見通しが立たず、おしなべて慎重だったが、それでも踏み切る決断をしたのは、若年層を中心に急速にテレビ離れが進み、ネット社会への移行が加速しているからだ。
     メディアライフの大きな転換点に直面し、「テレビ」のジリ貧が目に見えるようになり、もはや「儲かりそうにないから」と二の足を踏んでいられる状況ではなくなったといえる。
     だが、実際に視聴者のニーズがどれほどあるのか、コスト増に見合うだけの収益を確保できるのか、「ネット」における著作権処理はスムーズにできるのか、地方局の広告収入が激減しないか……等々、目の前に積まれた難題は山積している。
     日本の放送界は、「公民二元体制」という世界でもまれな業態で発展してきたが、「テレビ」のサクセスストーリーがネット時代にも引き継がれるかどうか。受信料という確固とした財政基盤に支えられるNHKに対し、広告収入に頼る民放界が同じ土俵で競うのは容易ではない。
     まさに、「進むも地獄、退くも地獄」のいばらの道が待ち受けているのだ。
     民放キー局の「勝算なき同時配信」への本格参入は、「NHK一強時代の始まり」という声も聞こえてくるだけに、放送界にとって歴史的なターニングポイントになるかもしれない。
    消極姿勢から一変、キー局トップは意気込むけれど…
     「見ている人の利便性を大前提として検討した。テレビとの接点が薄れている人にコンテンツを提供するチャンス」(TBS・佐々木卓社長)
     「始める以上はできるだけのユーザーを獲得し、新しいデバイスとしてビジネスになれば」(テレビ朝日・早河洋社長)
     「コンテンツが視聴者に届く機会が増えることは、送り手として喜ばしい」(フジテレビ・金光修社長)
     民放キー局のトップは、口々に「同時配信」への意気込みを語る。これまで及び腰だっただけに、一気にギアチェンジしたようにみえる。
     キャッチコピーも、「『より便利な、より気軽な』新しいテレビ番組の楽しみ方、視聴体験を提供します」(テレビ東京)などと、にぎやかだ。
     各局とも、民放公式テレビポータル「Tver(ティーバー)」をプラットフォームとして活用し、無料で配信。「Tver」のトップページでテレビ局を選択し、見たい番組を選んで視聴する。
     ラインナップは、午後7~11時の「プライムタイム」を中心に、視聴率の高い人気番組がズラリと並ぶ。
     一足先の21年10月にスタートした日本テレビは、「日テレ系ライブ配信」と称し、「ザ!鉄腕!DASH!!」や「世界の果てまでイッテQ!」などの人気バラエティーや「名探偵ホームズ」などのドラマを毎日、「同時配信」している。
     杉山美邦社長は「デジタルで見た視聴者が、テレビもさらに視聴し、回帰してもらうという効果を期待している」と語り、「デジタル分野での取り組みを加速させる」と力を込める。
    先行するNHK、世界では同時配信が当たり前
     「同時配信」は、通信ネットワークを利用するので、ネットがつながる場所であれば、いつでもどこでも見られるという利点がある。今や必需品のスマホがあれば、「テレビ」がなくてもテレビと同じように番組を見られるというわけだ。しかも、Wi-Fi環境であれば、コストはほとんどかからない。
     放送波を利用する「ワンセグ」が、電波が届きにくい屋内や地下では視聴しづらいのに比べると、利便性は格段に高い。
     海外では、イギリスのBBCが08年に「同時配信」を開始して以来、米国、フランス、ドイツ、韓国など多くの国が、相次いで導入。世界の潮流は、番組を視聴者に届ける手段として、「ネット」を活用した「同時配信」が欠かせなくなりつつある。
     こうした流れを受けて、NHKは20年春、東京オリンピックに照準を合わせ、受信契約世帯向けに「NHKプラス」を開始した。
     総合テレビとEテレの番組を、ほぼ終日、「同時配信」し、合わせて「見逃し配信」(1週間分)のサービスも提供している。パソコン、スマホ、タブレット、スマートテレビなど、大半のデバイスで利用できる。
     NHKの業務報告によると、21年9月末で約3700万件の受信契約世帯のうち利用申請数は231万件となった。
    「見逃し配信」に固執した民放
     これに対し、民放各局のネット配信は、これまでドラマなどを中心に番組放送後1週間無料で提供する「見逃し配信」を、翌週以降の「テレビ」での視聴につなげる狙いで展開してきた。
     ドラマなどは、必ずしもリアルタイム視聴にこだわらない人が少なくなく、録画によるタイムシフト視聴が定着してきたこともあって、「見逃し配信」は一定の利用者を確保するようになってきた。
     だが、「同時配信」となると、事情が変わる。
     ニュースやスポーツなどリアルタイムで視聴することに価値を生み出す番組にこそ、圧倒的に強みがあるからだ。
     「同時配信」のニーズは、「見逃し配信」とは決定的に違うのである。
     「日テレ系ライブ配信」でも、再生数がもっとも多かったのは、21年10月31日の衆議院議員選挙の開票特番「zero選挙」だったという。
     こうした点からみれば、報道に力点を置くNHKが「同時配信」に力を入れるのは当然で、民放のネット戦略はおのずと異なってくるだろう。
    民放の「同時配信」に6割の人は使いたいと答えたが…
     では、実際に「同時配信」のニーズは、どのくらいあるのか。
     日本民間放送連盟(民放連)の研究所が実施した「ネット配信サービスの利用動向調査」をみてみよう。
     調査は、20年3月と21年4月の2回、全国の15歳から69歳までの男女6188人を対象にネットで行われた。ネット利用者限定で70歳以上を除いた集計という偏りがあるものの、視聴者意識のおおまかな傾向がわかる。
     まず、民放の「見逃し配信」は、4割弱の人が利用した経験があり、男女とも若年層の割合が高い。視聴時間については、「たまに(不定期)」が半数を占めるものの、「週当たり1~3時間未満」が15.7%から19.8%と増えている。こうしたことから、巷間こうかん言われる「テレビ離れ」は、「テレビ受像機離れ」であって、「テレビ番組離れ」ではないことがうかがえる。
     肝心の民放の「同時配信」をみると、「利用してみたい」という回答は60.6%に上った。年齢や男女に違いはあまりない。
     「テレビ」の視聴時間や「見逃し配信」の利用経験とのクロス解析では、「テレビ」をよく見ている人ほど関心が高く、「見逃し配信」の経験のある人ほど利用意向が強かった。
    「テレビ番組離れ」を止める効果は期待できない
     しかし、「見逃し配信」の経験がない人(回答者の6割強)のほとんどは、今後も「テレビ」をリアルタイムで見続けるか、せいぜいタイムシフト視聴になるとみられる。「同時配信」の番組は「テレビ」も「ネット」も基本的に同じなので、わざわざ「テレビ」から「ネット」に移行するインセンティブが働かないからだ。
     したがって、「同時配信」は、番組を「ネット」で見る「テレビ受像機離れ」には一定の効果が期待できるものの、もともと「テレビ」を見ない「テレビ番組離れ」にはあまり効果が期待できないと分析している。
     民放キー局は「テレビを見ている人がネットに移るのではなく、そもそもテレビを見ない層を開拓することに照準を置いている」と本格参入の狙いを語るが、思惑通りにはいくかどうかは微妙だ。
    イギリスでの「同時配信」利用者は2割にとどまる
     また、利用シーンについて、「利用してみたい」と回答した人に尋ねたところ、「自宅のテレビがない場所」が68.3%がトップで、「外出先や移動中」は55.7%だった。
     民放連が17年に実施した「海外(イギリス、ドイツ、米国)の同時配信の利用実態調査」では、この傾向はもっと顕著で、利用シーンは3カ国全体で「自宅」が80%に達した。「外出先や移動中」は、米国こそ26%だが、ドイツ10%、イギリス16%と、きわめて少数派だ。
     民放各局が想定する利用イメージとはギャップがあるようだ。
     一方、「NHKプラス」についても尋ねている。それによると、「同時配信」スタートから丸1年経たった21年4月でも「聞いたことがない(知らなかった)」が3人に2人もおり、認知度は低い。「利用したことがある人」に至ってはわずか4.5%にすぎなかった。
     15年近い実績のあるイギリスでは、ネット配信の利用者のうち多くは「見逃し配信」で、「同時配信」の視聴者は2割程度にとどまっているという。
     つまり、民放連の調査結果は、「同時配信」が視聴形態のメインストリームにはならないという答えを導き出しているようだ。
    収益化が見通せる状況にはない
     採算性はどうか。
     民放の場合、広告収入の基軸となるのは視聴率だが、「ネット」の配信データは視聴率に反映されないため、「同時配信」のコスト回収はおろか、「テレビ」からの移行によって生じる目減り分も補?ほてんできそうにない。
     民放連研究所も、「ネット」のCMを、「テレビ」のCMから差し替えて配信しない限り、収益に結びつけることは難しいと論じている。
     海外でも、「同時配信」のビジネスモデルを構築するためにさまざまな試みがなされているが、「ネット」の視聴率を「テレビ」に加算することは技術面からも難易度が高く、確立している事例はないという。
     いまだ試行錯誤の段階であり、直ちに収益化が見通せる状況にはない。日テレの杉山社長も「本格的に収益を得る段階には至っていない」と吐露している。
    著作権の処理手続きに課題も
     「テレビ」と「ネット」の著作権が別体系という厄介な問題もある。
     「NHKプラス」では、東京オリンピック・北京冬季オリンピックや大相撲を楽しめたが、春の選抜高校野球は配信されなかった。定時ニュースでも、スポーツ関連ニュースを中心に「この映像は配信されておりません」と表示されることがしばしば。利用者はストレスが溜たまっているに違いない。
     「テレビ」では放送できても、「ネット」でそのまま番組を配信できるわけではないのだ。
     こうした中、21年春の改正著作権法で、放送番組のネット配信にあたって権利処理の手続きが簡略化され、ネット配信関係者には朗報となった。具体的には、権利者が別段の意思表示をしていなければ、放送と同様に「同時配信」や「見逃し配信」での利用も許諾したと推定する「許諾推定規定」が新たに創設されたのである。
     とはいえ、まだまだ放送のように権利処理がスムーズにはいきそうにない。
    ネット利用者に「テレビ」の番組が受け入れられるとは限らない
     民放にとってみれば、クリアすべき課題が山積しているのに、このタイミングで「同時配信」に本格参入することを決断したのは、「テレビ」を取り巻く環境が様変わりしつつあるからだ。
     NHK放送文化研究所が5年ごとに実施している「国民生活時間調査」の2020年版では、「毎日テレビを見る人」が8割を切り、20代以下では半数が「テレビ」を見なくなったことが明らかになった。
     10年までは、9割の人がテレビ漬けの日々を過ごし、若年層も8割以上が毎日テレビを見ていただけに、この5年間の「テレビ離れ」のスピードは半端ではない。
     総務省の「2020年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」では、20年度に初めて、全年代で平日の「ネット」の平均利用時間が「テレビ(リアルタイム)視聴」の平均利用時間を上回った。
     動画配信サービスの利用率も、全年代で「ユーチューブ」が85%なのに対し、「Tver」は14%にすぎない。誰もが「ネット」で動画を見るようになったが、「テレビ」の番組を見る層は限られているといえる。
     大久保好男・民放連会長は「視聴習慣の変化は今後につながっていくだろう」と危機感を隠さない。
    出血覚悟の同時配信…収益化への道のりは険しい
     さらに気になるのは、民放の本業である「テレビ」の広告費の動向だ。19年に「ネット」に抜かれ、その差は広がるばかり。広告主は、利用者へのリーチ度や購入履歴などの広告効果が詳細に把握できる「ネット」にシフトしていることがみてとれる。
     あらゆる面でDX(デジタルトランスフォーメーション)が加速度的に進行している中、民放界だけが「ネット」と距離を置いているわけにはいかない。
     もっとも、出血覚悟で先行投資をするメリットがないわけではない。「ネット」を利用した配信は、視聴履歴などのデータを蓄積して展開できるため、個別データの分析をもとに視聴者に合わせた広告を提供できるようになれば、新たな収益源を創出する可能性が見いだせるかもしれない。
     民放界は「清水の舞台から飛び降りるような気持ち」で、「同時配信」に活路を求めようとしている。



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