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アーカイブ PRESIDENT Online 2022/05/30 水野 泰志
首相がかわるとこんなに変わるのか…楽天の「0円廃止」は「携帯料金値上げ」の序章に過ぎない
携帯電話の値下げ競争が勃発して1年余り。利用者が値下げメリットを享受したのも束の間、早くも「値上げ」が表面化した。
「安さ」がウリの楽天モバイルが、顧客獲得の目玉にしてきた「データ通信の利用量が1ギガバイト(GB)以下なら無料」という「月額0円」の超お得プランを6月いっぱいで廃止し、1078円(税込み、以下同)を徴収することにしたのだ。巨額の赤字が続く中、収益が見込めない「0円プラン」を継続できなくなったという。
菅義偉・前政権の肝いり政策だった携帯電話料金の引き下げは、利用者には歓迎されたが、通信会社の収益を直撃、2022年3月期の通期決算では軒並み、値下げの影響が顕著に表れた。
楽天モバイルの「値上げ」は、行き過ぎた値下げ競争の反動であり、「官製値下げ」はあっさりと幕を閉じた。それは「官製値下げ」のひずみが露見したということでもある。
電気や鉄道の公共料金から食料品や日用品に至るまで値上げラッシュが続く中、通信業界には携帯電話だけが値下げを強いられている状況にストレスがたまっており、「値上げ」を模索する動きが広がりそうだ。
楽天モバイルの値上げは、「携帯電話も値上げ」の序章にすぎない。
楽天・三木谷会長「0円でずっと使われても困っちゃう」
「0円でずっと使われても困っちゃうのがぶっちゃけな話。すごく正直に言って」
楽天グループの三木谷浩史会長兼社長は、5月13日の決算説明会で「0円プラン」廃止の本音をストレートに吐露した。
この日発表したモバイル事業の22年1~3月期決算は、1350億円の赤字。四半期としては過去最悪を記録した。これに先立つ21年12月期の通期決算は、1600億円弱の売上高に対し4200億円の巨額赤字を計上している。
自前の回線網を構築するための設備投資がかさんだからだが、もうけ抜きの「0円プラン」が足を引っ張ったことも大きい。
このまま、「0円プラン」を継続すれば、目標とする23年中の単月黒字化はおろか、赤字の垂れ流しをいつまでも続けることになりかねない。財務余力が乏しい中、もはや「顧客獲得優先の先行投資」などと悠長なことを言っていられなくなったのである。背に腹を代えられないというのは、このことだろう。
新しい料金体系は、データ通信の利用量に応じて3段階。最低料金が0~3GBの1078円で、20GBまで2178円、無制限が3278円。したがって、0~1GBの範囲なら無料だった「0円プラン」の利用者には値上げとなる。
楽天モバイルが、NTTドコモ、KDDI(au)、ソフトバンクに続き、自前の通信回線をもつ「第4の携帯電話会社」として本格参入したのは、2020年4月。
大手3社の寡占状態を打ち破るため、「安さ」と「わかりやすさ」を前面に打ち出し、料金設定は「データ通信無制限で月額3278円」の格安プランのみ。しかも先着300万人には1年間無料という出血大サービスを提供する、華々しいデビューだった。
そして、菅前政権の料金引き下げ要請に応じる形で、21年4月に「0円プラン」を導入。「無料」の効果はてきめんで、本格サービス開始から2年余りで580万人という契約者を確保することができた。
だが、いかんせん、利益度外視の顧客集めには無理があった。
「0円ユーザー」といえど、いったん取り込んでしまえば、電子モール「楽天市場」や「楽天トラベル」など多彩なネットサービスを展開する楽天経済圏の住人となり、非通信分野のサービスを利用することで帳尻を合わせられると見込んでいた。
しかし、「無料」ゆえに楽天モバイルを選んだ利用者たちは可処分所得に限界があり、もくろみ通りには出費してくれなかったようだ。
楽天モバイルは、「0円プラン」の利用者数を明らかにしていないが、契約者の3人に1人が該当者ともいわれる。
「0円プラン」廃止の発表と同時に、SNS上では「裏切りだ」「解約する」「すぐに乗り換える」と批判が殺到、「0円ユーザー」の落胆や失望があふれた。
料金の優位性が崩れれば、契約者が競合他社の格安プランに大量に流れることが予想されたが、その見立てはすぐに数字に表れた。
発表直後の数日間に、KDDIでは、0円から利用できる格安プランの新規契約数が前月の同期間に比べ約2.5倍と急増した。ソフトバンクも、乗り換え件数が前月比2.6倍になった。格安スマホのインターネットイニシアティブ(IIJ)は、申し込みが殺到してうれしい悲鳴を上げたという。
多くの利用者がいかに価格に敏感か、を物語っている。
今回の値上げで、歩留まりがどの程度になるかは不透明だが、楽天モバイルは、通信ネットワークが脆弱ぜいじゃくで顧客サービス体制も貧弱といわれるだけに、既存の契約者のつなぎ留めに苦労しそうだ。
「官製値下げ」に躍った利用者を取り込んだものの、1年余りで値上げせざるを得なくなった楽天モバイルの窮状は、「官製値下げ」の限界を示したともいえる。
「官製値下げ」は、総務相を経験して情報通信行政に詳しい菅前首相が、官房長官時代に携帯電話料金の水準が海外に比べて割高であることを問題視し「4割程度下げる余地がある」と公言したことに端を発する。
そして、20年9月に首相に就くやいなや、「携帯電話料金の大幅引き下げ」を政権の看板政策として掲げた。発足時は7割を超える高い内閣支持率で、国民の期待を一身に集めた感があった。
菅前首相の意を受けた当時の武田良太総務相は、「できる・できないではなく、やるか・やらないかだ」「1割程度の値下げでは改革にならない」と、通信業界に料金引き下げを迫ったが、その圧力は半端ではなかった。
大手3社は当初、サブブランドでの割安プラン設定などの弥縫策でかわせると踏んでいたようだが、菅前政権の強硬姿勢に抗し切れず、最後は渋々、メインブランドに格安プランを用意することになった。
そして昨春、オンライン専用ながら、NTTドコモは「ahamo(アハモ)」、KDDI(au)は「povo(ポヴォ)」、ソフトバンクは「LINEMO(ラインモ)」の名称で、データ通信20GBで月額3000円を切るプランを相次いでスタートさせた。
ここに割り込んだのが、本格参入から1年にも満たない楽天モバイルで、目玉に掲げたのが「0円プラン」だった。
一方、大手3社よりも低額のプランを設定し、加入者を増やしていた格安スマホ各社も、対抗する形で次々に新しい「お得プラン」を導入。値下げ競争による顧客争奪戦が火花を散らすことになった。
さらに菅前政権は21年4月、同じ電話番号のまま他社に乗り換える「番号持ち運び制度」(MNP)の手数料を原則無料化し、利用者が契約会社を乗り換えやすくする環境を整えた。
その結果、新しい格安プランへの乗り換えが一気に進んだ。
総務省が5月2日に発表したデータによると、大手3社に格安スマホ会社も含めた格安プランへの乗り換えは、3月末時点で約3710万件。携帯電話契約数の約1億4690万件の約4分の1を占めるまでになったという。
格安プランの導入から1年余りが経ったが、今なお毎月200万件前後の乗り換えがコンスタントに続いている。様子見をしていた利用者は少なくないとみられ、格安プランへの乗り換えは当分、続きそうだ。
4月に発表された21年度の全国消費者物価指数をみると、携帯電話の通信料金は前年度に比べ47.1%減と大幅な下落となった。生鮮食料品や光熱費、ガソリンや宿泊費などが軒並み上昇している中、携帯電話はとりわけ目を引く。
また、総務省が5月20日にまとめた世界の主要6都市(東京、ニューヨーク、ロンドン、パリ、デュッセルドルフ、ソウル)の携帯電話の料金プランを比較した22年3月の内外価格差調査によると、シェア1位の事業者のデータ通信20GBの料金水準は、20年は東京が6都市の中でもっとも高かったが、22年にはロンドンやパリに次いで3番目の安さとなった。金額ベースでは、月額8175円だった20年に対し、22年は2972円に激減している。
シェア上位3社または4社の比較でも、同様の傾向で、携帯電話市場全体で料金が下がったことがわかる。
一方、「官製値下げ」は、大手3社を直撃した。先ごろ出そろった各社の22年3月期の通期決算では、いずれも大きな減収要因となった。
1人あたりの月平均利用料金(ARPU)は大きく落ち込み、NTTドコモは売上高が2700億円押し下げられた。KDDIは営業利益が872億円、ソフトバンクも770億円が吹き飛んだという。
NTTドコモの井伊基之社長は「通信料金引き下げの影響は22年も23年も続く」と危機感をあらわにする。
第5世代通信(5G)ならではの魅力的な通信サービスなど付加価値を高めることでARPUを上げるとともに、通信事業の落ち込みを補うために金融・決済などの非通信事業に一層注力することになるが、各社とも23年3月期の業績予想は、かろうじてプラスを確保できる程度という見通しだ。
格安スマホ各社も、大手3社が格安プランを導入したために、低価格の優位性が崩れ、厳しい戦いを強いられている。
携帯電話は今や生活インフラの中核であり、電気、ガス、水道並みの公共的料金と言えなくもない。
菅前首相は、「公共の電波を利用している以上、通信会社は公共性が強く求められる」という論法で、政府主導で民間企業に料金引き下げを迫った。
だが、携帯電話の料金は本来、民間企業が競争政策の中で自由に設定するもので、政府が介入して半ば強制的に下げさせることには、疑義がある。
世界を見渡しても、政府が料金設定に介入するケースはまれという。
もともと、国内の携帯電話市場は大手3社による寡占状態が長く続き、料金が高止まりしていた。そこで、政府は、寡占市場を活性化して料金水準を下げようと、格安スマホ会社の参入を促し、楽天モバイルの新規参入に道を開いた。
そうした中で始まった「官製値下げ」は、携帯電話料金の低廉化を実現したが、値下げ競争が激化する中で、後発の楽天モバイルや格安スマホ各社を苦境に追い込み、大手3社による寡占の固定化を促すことにもなった。当初の競争政策の理念からみれば、本末転倒といえる。
寡占市場が復活すれば、したたかな大手3社は、落ち込んだ収益を回復させるために、あの手この手の増収策を探ることになる。
楽天モバイルのような直接的な値上げはともかく、「もうちょっと払えば、お得なサービスがあります」と高額プランに誘導するような「値上げに見えない値上げ」で、実質的な値上げを図ることも想定される。
楽天グループの三木谷会長兼社長は「さらなる値上げはしない」と強調しているが、「想定内」という他社への流出が増大し赤字基調が改善されなければ、そんなことは言っていられなくなるかもしれない。
「官製値下げ」のほころびが見え始めたが、そのツケは利用者に回ってくるかもしれない。
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