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アーカイブ PRESIDENT Online 2022/11/03 水野 泰志
「マイナ保険証の義務化」にも世論は大反発…岸田政権がゴリ押しする「マイナカード」が広がらないワケ
河野太郎デジタル相のウリである「突破力」とは、どうやら「暴走力」のことのようらしい。
「デジタル社会のパスポート」と政府が喧伝するマイナンバーカードを国民に行き渡らせるため、河野氏が勇んで打ち上げた「マイナ保険証」の義務化宣言に、早くも暗雲が漂い始めたのだ。
河野氏は10月13日、現行の健康保険証を2024年秋に廃止し、マイナンバーカードと一体化した「マイナ保険証」に切り替えると宣言した。
国民皆保険制度を採る日本では、すべての国民にカードの取得を「強制」することを意味する。カードの取得は法的に「任意」であるにもかかわらず、医療機関の受診に欠かせない保険証を「人質」にとって、強権的にマイナンバーカードを取得させようというのだ。
普及が進まないマイナンバーカードをめぐって、政府は、6月に閣議決定した経済財政運営の指針「骨太の方針」で、現行の健康保険証を24年度以降に「原則廃止」する方針を盛り込んだが、具体的な時期までは決めていなかった。
国民の反発や医療現場の混乱を考慮しての努力目標ともいえたが、「河野宣言」は、こうした難題を一顧だにせず、「原則廃止」の「原則」を外し「期限」も24年秋と区切った。
8月の内閣改造で就任した河野氏は、岸田文雄首相に「骨太の方針」の具体化を指示され、腰の重い厚生労働省の尻をたたき、現行の健康保険証廃止の早期実現を強く迫ったという。
「マイナンバーカードを、少しでも早く、すべての国民に持たせたい」という政府の願望を、強硬策で実現しようというわけだ。
「マイナ保険証」を取得しない人への対策は一切説明せず、カードの「普及ありき」の前のめりの姿勢だけが強く印象づけられた。
ある政府関係者は、河野氏の「突破力」が存分に発揮されたと解説する。
マイナンバーカードは、16年1月に交付が始まってから6年余りが経つ。
総務省は10月19日、カードの交付枚数が6305万枚となり、人口に占める割合が5割を超えたと発表した。
だが、交付率が進んだのは、カードを取得するともらえる「マイナポイント」(第一弾=最大5000円分、第二弾=最大2万円分)の誘因策によるところが大きく、カードの利便性が高まったからではない。
実際、カード利用のメリットを実感する場面は少ない。コンビニで住民票の写しや印鑑登録証明書を取得したり、税金の確定申告の電子申請サービスを利用できる程度しか使い道がないのが実情だ。
少々の「アメ」を目当てにカードを取得した人は少なくないが、2万円程度の給付に踊らされない人が半分もいるというのが現実といえる。
デジタル庁が1~2月に行ったアンケート調査によると、カードを取得しない理由の第1位は「情報流出が怖いから」(35%)、次いで「申請方法が面倒だから」(31.4%)、「メリットを感じないから」(31.3%)と続く。
笛や太鼓を鳴らしても、政府が期待した以上にカードの取得は広がらず、「22年度中にほぼ全国民へ行き渡らせる」という目標の達成は絶望的といえる。
21年10月から本格運用が始まった「マイナ保険証」に至っては、登録件数は約2500万件で普及率は2割程度、利用できる医療機関も9月時点で約6万5000施設と3割強にとどまり、実際に利用した人となると3%に過ぎないともいわれる。
「河野宣言」は、こうした低迷する状況を一気に打破しようと狙いがあった。
ところが、わずか10日ばかり後の24日。事態は一転する。
岸田首相が、衆院予算委員会で、24年秋の健康保険証の廃止後に「マイナンバーカードを持たない人でも受診できるように、保険証に代わる制度を作る」と明言してしまったのだ。
岸田政権の朝令暮改は今に始まったことではないが、「『マイナ保険証』に例外なし」の「河野宣言」とは真逆の方針を示したことになる。
質問した立憲民主党の後藤祐一氏は「だったら、保険証を残せばいいじゃないですか。ばかばかしい」と、あきれ顔でなじった。
「マイナ保険証の義務化」に対する世論の大きな反発に、「聞く力」がウリの首相が発した思いつきのような答弁にも見えるが、首相の口から出たとなると「単なる戯言」と片づけるわけにはいかない。
しかも、岸田首相は、28日の記者会見で、関係省庁による新制度創設のための検討会を設置すると表明、さらに踏み込んだ。
現時点で厚生労働省に「保険証に代わる新制度」の腹案らしきものはまったくないというが、新制度が創設されれば、「マイナ保険証」を取得する必然性がなくなり、マイナンバーカードの普及にブレーキがかかることは避けられない。
カードを取得するつもりのない人は相当数いるとみられるだけに、「河野宣言」は岸田首相にはしごを外されてしまったように映る。
一連の経緯をみれば、保険証をマイナンバーカードと一体化させねばならない強い理由があるわけではなく、カードの取得を「強制」する方策として保険証の廃止を打ち出したことがよくわかる。
実際、「マイナ保険証の義務化」に対する反対論は、半端ではない。
主要新聞は一斉に、社説で「拙速」「乱暴」「強引」と論陣を張った。
「拙速で乱暴な転換の背後に透けて見えるのは、マイナンバーカードの普及目標の達成に焦る政府の姿だ。……強引な押しつけはカードへの拒否感と政府への不信を強めるだけだ。そのことを、忘れてはならない」(朝日新聞)
「政府は『誰一人取り残されないデジタル化』を掲げる。そうした理念に反する政策ではないか。……日本では、政府に個人情報を握られることへの警戒感が払拭されていない。拙速は避けるべきだ」(毎日新聞)
「なぜカードが普及しないのか。国民の多くは、国が集めた個人情報がどう使われるのか、個人情報が漏洩することはないのか、利便性以上に不安を感じるからだ。国民の不安を置き去りにして理解を得る努力も怠り、『脅し』にも近い形でカードの普及を図ることは本末転倒も甚だしい」(東京新聞)
政権寄りといわれる読売新聞でさえ、「マイナンバーカードの利用機会を増やし、医療のデジタル化を進める意義は大きい」としながらも、「実現に向けては課題も山積している」として、マイナンバーカードを希望しない人への対応や医療機関の準備不足などを上げ「万全の体制を整える責任が政府にある」と注文をつけた。
日本医師会長「医療現場で負担や混乱が生じる可能性」
日本医師会の松本吉郎会長は即座に、「医療現場で、負担や混乱が生じる可能性がある」と懸念を表明。
開業医が中心の全国保険医団体連合会は、「河野発言」を批判する声明を発表した。「政府は、マイナンバーカードを普及させたいがために、患者・国民、医療現場にいたずらに混乱を持ち込んでいる」「患者・国民は使い慣れた保険証をわざわざ廃止してマイナンバーカードに一本化してほしいなどとは求めていない」と痛烈だ。
全国労働組合総連合(全労連)は、ネット上で反対の署名活動を展開、すでに10万筆を超える署名が集まり、12月に関係省庁へ提出する予定だ。
小規模な医院や薬局では、「すべての医療機関が23年4月までにマイナ保険証の対応体制を取るのは無理な話で非現実的」「マイナ保険証に対応できないので閉院するしかない」といった悲痛な声が聞こえてくる。
過疎の代表でもある島根県で実施されたアンケートでは、「保険証の原則廃止」に6割の医師が「反対」で、「賛成」は9%に過ぎなかったという。大都市圏でも、同様の調査結果が相次いでいる。
東京新聞に寄せられた61歳の会社員の投書は、「マイナ保険証」に反発するごく普通の庶民の気持ちを代弁しているようにみえる。
「『マイナンバーカード保険証』の義務化に反対だ、なぜかというと、そうすることのメリットが全く感じられないからだ。……政府の個人情報管理能力は疑わしい。私たちや医療機関に何のメリットもないことを強引に推し進めようとするからには、政府には何らかのメリットがあるはずで、何か利権も絡んでいるのか。こちらにしてみれば個人情報ダダ漏れのリスクがあるだけだ」
ネットでも、「マイナ保険証」に否定的な意見が飛び交う。
「当初は持ち歩いたら危険! とか、他人に見せちゃ駄目! とか、言ってたよね。これからは窓口に診察券と一緒に出すの? どこで変わった??」
「国民から健康保険証を取り上げて、情報漏洩不安満載のマイナンバーカードを国民に強制するって、なんのパワハラですか」
「寝たきりの方とか、意思表明ができない方はどうすればいいんだ? 5年で暗証番号変更、10年で写真撮り直しとかってハードル高くないか? 今の健康保険証の方がよほど使いやすい」
10月半ばに行われた紀尾井町戦略研究所の意識調査でも、「『マイナ保険証』導入による実質的なマイナンバーカードの取得義務化」について、「賛成」は29%に過ぎず、「反対」が43%に上った。
ただ、「マイナ保険証」については、「容認」は29%にとどまったが、「不要」も27%で、「現行保険証とマイナ保険証の併用」が34%に上り、三分された。
一方、「将来的にもカード取得の意思がない」という人が18%と5人に1人もおり、「カード保有は希望者だけでよい」も40%に達した。
こうした動きや数字を見れば、「ほぼ全国民にマイナンバーカードが行き渡る日」は当分、来ることはなさそうだ。
「マイナンバー制度」が国民になかなか受け入れられないのは、政府がメリットだけを強調して、導入の狙いを国民にきちんと伝えていないためだ。
究極の目的は、国民のあらゆる情報の一元的な管理にあるとされるが、その点を積極的に明示しているとは言い難い。むしろ隠しているといってもいいかもしれない。
対象は、個人の収入や資産の財産情報、取引口座などの金融情報、税の取り立てのための税務情報、病歴や投薬履歴の医療情報、学歴をはじめとする教育情報など、個人情報の数々である。
政府は、マイナンバー制度導入の目的について「国民の利便性向上」「行政の効率化」「公正・公平な社会の実現」を挙げている。
ここで、「行政の効率化」とは、行政が国民のあらゆる個人情報を番号だけで把握することであり、「公正・公平な社会の実現」とは税金や社会保険料の徴収漏れをなくすことといえる。
逆に、「国民の利便性向上」は、行政手続きが簡単になる程度でしかない。
つまり、行政ばかりに大きなメリットがある不均衡な制度といえる。
こうした政府の思惑や実態が透けて見えるだけに、個人情報が丸裸にされることに漠然とした不安を感じる人たちのカード取得が進まないのは当然だろう。
その根っこには、「政府は信用できない」という不信感があり、時の政権の都合の良いように個人情報が利用されないかという不安が消えないのだ。
政府と国民の間に、「政府に個人情報の管理を任せてもいい」という基本的な信頼関係が築けていないことが、「マイナンバー制度」の最大の問題といえる。
河野氏が、本気で24年秋に「マイナ保険証」の義務化を強行しようとするなら玉砕覚悟の勝算なき闘いになりかねず、単にアドバルーンを揚げて世論の反応を見極めようという意図だったとしたらあまりに稚拙と言わざるを得ない。
マイナンバーカードを自ら取得しようとする人もいないわけではないから、時間をかければ交付率は上がっていったかもしれない。
だが、「任意取得」が基本の「マイナンバー制度」の原則を無視した「河野宣言」は、狙いとは逆の流れをつくりつつある。国民の根強い不信感やデジタル化に対応できない人々を振り切るかのような「マイナ保険証」の推進は危うさだらけで、大きな反発を生んでしまった。
政府関係者は「現行の保険証と『マイナ保険証』を選択できる形にしておけば、これほどの反発はなかったかもしれない」と愚痴る。
河野氏は、国民への丁寧な説明を怠り、省庁間でも十分な調整をしたとはいえず、持ち前の「突破力」だけでは限界があることを浮き彫りにしてしまった。
今や、期待された「突破力」は、想定外の「暴走力」に堕しつつある。
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