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アーカイブ PRESIDENT Online 2023/06/06 水野 泰志
大手出版社は絶好調なのだが…日本全国で「書店がひとつもない街」が増えているアマゾン以外の要因
1980年代には2万5000店を超えていたが、今や3分の1にまで減少し、最近20年間に限れば半減した。書店が1店もない市区町村は4分の1にも上る。ふと気がついたら近所の本屋さんが消えていたという経験がある人は少なくないのではないだろうか。
読書習慣の減退による本離れ、ネット書店の伸長、電子書籍の普及、過疎化・少子化の進行など、さまざまな要因が複合的に絡み合って書店を取り巻く環境が激変し、廃業に追い込まれるケースが続出している。
出版市場そのものはコロナ禍の巣ごもり特需や電子書籍の伸長もあっていくらか持ち直しているが、出版ビジネスを支えてきた「出版社→出版取次会社→書店」という流通ルートはやせ細るばかりだ。出版社と書店をつなぐ取次会社や、読者と直接つながる書店は、ますます存在感を失い、瀕死の危機に直面している。今や「絶滅危惧種」の感さえある。
「ネット社会における書店」の存在意義を見つめ直すことができないと、リアル書店は本当に消えてしまいかねない。
こうした書店の窮状を憂える自民党の議員連盟「街の本屋さんを元気にして、日本の文化を守る議員連盟(書店議連)」(会長・塩谷立元文科相)が2022年12月に中間とりまとめを行った後、4月末に書店再興に向けた初の政策提言書をとりまとめ、5月24日に党文部科学部会・文化立国調査会合同会議に報告した。
その内容は、政府が6月に策定する「2023経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」に盛り込むことを目指すという。出版文化の危機が政治的課題になったといえる。
政策提言書はまず、「来訪者が現物を直接確認できる『街の本屋』は、ネット書店よりも、『未知の本との出会い』の可能性をより大きく秘めている」とリアル書店の価値を強調。「書店がなくなることは、日本の文化の劣化に繋がることを意味する」と出版文化の衰退に強い懸念を示した。
そして、書店の現状について「書店の数は15年で約40%減少している。2022年9月時点では、全国市町村のうち26%は無書店市町村となっている。都心部の有名書店も相次いで閉店が生じている」と苦境を報告した。
書店の経営を圧迫している主因として挙げたのが、売り上げの多くを占める雑誌の凋落だ。「出版市場の最盛期である1996年は総販売額の59%にあたる1兆5633億円を占めていたが、2020年には45%に減少し、3分の1の5576億円にまで減少している」と、雑誌市場の急速な収縮が直撃していると分析した。
雑誌が売れなくなった理由として「かつては雑誌上に掲載されていたような情報がインターネット上に無料で公開されるようになったことなど、いわゆるデジタルシフトの影響を色濃く受けている」と断じた。
さらに、ネット書店のルール破りや図書館との競合にも言及、書店にとって不利な事態が深刻化していると指摘した。
具体的には、書籍・雑誌は全国どこでも同じ価格で手に入れられる著作物再販制度の適用を受けているにもかかわらず、ネット書店では送料無料化や過剰なポイント付与など実質的な値引きが横行していることを問題視。また、官公庁・公共図書館・学校図書館への納入の入札にあたって過度な値引きが行われるケースを批判、とくに公共図書館はベストセラーや新刊本を過度に購入・蔵書し、書店との共存が難しくなっていると訴えた。
書店を取り巻く危機的状況を打開するため、政策提言書はさまざまな方策を列挙し、検討事項として盛り込んだ。
著作物再販制度を厳守するためネット書店の実質的な値引き販売の実態調査を行うとともに、公共図書館への過度の値引きや蔵書を抑制するルールをつくる。
次に、「デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進」。
流通効率の向上や万引き抑止のため、「制作(出版)→印刷/製本→流通→小売り」のサプライチェーンでICタグの活用を図り、産官連携のモデルプロジェクトを発足させ、政府として助成する。
書店が文化向上の拠点であるとの認識の下での政策が存在しないことを顧みて、フランスの若年層向け「文化パス」のように、書籍購入を促進するためのクーポンを配布する。
そして、「収益構造の確立・新たな価値創造への支援」。
書店空白エリアへの出店、他業種との複合店化、人材確保策、一時的な運転資金など、包括的な書店支援の枠組みや制度を創設する。
塩谷会長は「法制化するところはしていきたい」と語り、議連幹部は「事態は緊急を要する。できるものから順次、進めていきたい」と力を込める。
同じ状況が10年続けば、ほとんどの書店はなくなってしまう
経済産業省の「商業統計調査」によると、全国の書店数は、1988年には2万8216店(洋書取次店なども含む)を数えていた。ところが、2000年代初めに実店舗は2万店を割り、その後、右肩下がりで減少し、20年にはついに1万店を割り込んだ。
出版文化産業振興財団が22年9月にまとめた調査によると、実店舗は8582店にまで減少している。
全国1741市区町村のうち、「街の本屋さん」がまったくない自治体は456(26.2%)に上った。このうち、市レベルこそ792市のうち17市(2%)にとどまっているが、町は743町のうち277町(37%)、村になると183村のうち実に162村(89%)で消えてしまった。1店しかない自治体も334(19.2%)あり、2店以上ある自治体は、もはや半分しかない。
都道府県別にみると、沖縄56.1%、長野51.9%、奈良51.3%の3県で、半数を超える自治体で書店がなくなった。4割を超えたのも、福島47.5%、熊本44.4%、高知44.1%、北海道42.5%と4県ある。逆に、全自治体に書店があるのは広島と香川の2県だけだ。。
市町村合併で自治体の行政単位に変動があるため単純な数字の比較は難しいが、人口減少が続く地域ほど書店の廃業が続く様子がうかがわれ、全国的に「書店空白地帯」が広がっているのが実情だ。
同財団理事長の近藤敏貴トーハン社長は「このさき10年、今と同じ状況が続けば、ほとんどの書店はなくなってしまう」と危機感をあらわにする。
ネット社会の浸透にともない、読書習慣は様変わりしている。
欲しい本があればネット書店で購入し、スマートフォンで電子書籍や電子コミックを読む。知りたい情報の多くはネットですぐに得られるし、直近では生成AI(人工知能)のChatGPTもある。
本を選ぶきっかけを問うた読売新聞の調査(複数回答)では、リアル書店が42%でトップだが、SNSなどのネット情報15%やネット書店11%の存在感が増している。
若年層が本を読まない理由について「つらい」「時間がもったいない」「楽しくない」「書き手を知らない」「ネットの方が便利」というキーワードが語られている。
中でも、デジタルネイティブのZ世代(1990年代半ば~2010年生まれ)は、日常的に新聞や書籍・雑誌の印刷メディアに触れる機会が少ないため、書店の敷居が高く、近くに「街の本屋さん」がなくても、少しも困らないようだ。
出版科学研究所によると、22年の出版市場(推定販売金額)は、1兆6305億円(前年比2.6%減)。コロナ禍の巣ごもり特需が収まり4年ぶりの前年割れとなったが、読書体験そのものが激減したわけではなさそうだ。
ただ、このうち、印刷出版は1兆1292億円と前年から6.5%も減少、1990年代の4割にまで落ち込んだ。一方、電子出版は7.2%増の5013億円と続伸し、シェアは3割を超えた。電子出版が印刷出版に置き換わっている構図だ。
電子書籍は、用紙代や印刷代が不要で、返本リスクもなくなるため、コストを大幅に抑えられるメリットがある。
このため、大手出版社は、デジタル事業に注力し、成果を上げ始めている。
講談社は、すでに電子出版や版権事業の収入が印刷出版の売り上げを上回った。22年11月期の売上高は1694億円で、コロナ禍が始まる前の3年前に比べ25%増、純利益は倍増した。
『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』が空前の大ヒットとなった集英社は、21年5月期の売上高が前年から31.5%も急増して初めて2000億円を突破、純利益も118.3%増の437億1800万円と、未曽有の増収増益を記録した。
KADOKAWAも、出版部門は23年3月期の売上高が1399億9000万円で、前年に比べ5.3%増と堅調だ。小学館は、22年2月期の売上高が1057億円と7年ぶりに1000億円を超え、23年2月期も引き続き大台を確保した。
出版不況と言われて久しいが、大手出版社は、ようやくネット時代にふさわしい業容転換を見いだしたようにみえる。
出版社と違って、本を売って稼ぐしかない書店は、いまだにトンネルの中で先行きが見えない。だが、出版不況の犠牲にならないよう、生き残りをかけてさまざまなチャレンジが始まっている。
徹底的に品ぞろえにこだわったり、カフェを併設したり、コンビニと一体化したり、ホテルと直結したり、ワークスぺースを備えて入場料をとる書店まで現れた。いずれも、本と接する機会を増やし、売り上げにつなげようという狙いがある。
「街の本屋さんを元気にして、日本の文化を守る議員連盟」の政策提言は、そんな書店の努力を後押ししようとするものだ。
ただ、いずれの施策も、限定的な救済策で、対症療法の域を出ていないように見える。書店業界が直面している危機は出版流通にかかわる構造的な問題だけに、求められるのは抜本的な構造転換だ。
スマホでは味わえない「偶然の出会い」が現代人には必要だ
書店には、ネット書店では経験できない本との「偶然の出会い」がある。店頭の平積みになった新刊コーナーで話題の1冊を見つけ出す楽しさや、書棚に並ぶ良書の中から自分好みの1冊に出会う驚きは、リアル書店ならではの体験で、たまたま手に取った本が人生に影響を及ぼしたケースは少なくないかもしれない。
そこに書店の存在意義があり、書店が出版文化の核心ともいわれるゆえんだろう。
「街の本屋さん」の灯を守ろうとするなら、従来の書店という概念をいったん捨て去り、新たな文化的価値を創造する拠点として生まれ変わるしかないのではないだろうか。
ネットの世界は万能ではない。興味をもつ情報ばかりに囲まれるエコーチェンバーや、見たい情報しか見えなくなるフィルターバブルなど、ネットの弊害を駆逐するために、「未知の本」と出合えるリアル書店はきっと有効だろう。
書店再興の解は簡単には見つからないかもしれないが、模索する価値は十分にある。
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