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    アーカイブ PRESIDENT Online 2024/10/22 水野 泰志
    選挙が「インプレゾンビ」の食い物になっている…安保・軍事オタクの石破首相が語らない"国防上の危機"
    偽情報対策はもはや事業者任せにしてはいられない
    防災や安全保障にも重大な脅威に
     石破茂新首相が政権発足早々に衆議院を解散し総選挙に突入したが、近年の選挙で大きな問題となっているのが、ネット上で流布される「偽情報」の氾濫だ。民意を正確に反映せず、選挙の公正性を歪め、民主主義の根幹を揺るがす、深刻なインシデントとなっている。
     偽情報の蔓延は、社会不安を高めるばかりでなく、石破茂政権が重視する防災や安全保障への重大な脅威にもなりかねない。
     欧州に比べ日本の偽情報対策は遅れていると言われてきたが、ここにきて、総務省の有識者会議や自民党の調査会が相次いで、偽情報対策について本格的な提言を取りまとめ、ようやく本腰を入れ始めた。
     衆院選にあたっては、危機感を高める総務省が、AIを使った偽動画や偽画像の拡散を懸念して、メタやXのSNS事業者やオープンAIなど14社に、異例ともいえる偽情報への適切な対応を要請している。
     だが、石破首相は、所信表明で偽情報対策には触れずじまいで、その後も踏み込んだ発言はしていない。偽情報対策の実効性が見通せない中、本気度が問われている。
    欧州中心に進む偽情報対策
     偽情報は、かつてはフェイクニュースと呼ばれることもあったが、近年はそれだけにとどまらず、「あらゆる形態における、虚偽で、不正確で、あるいは誤解を招くような情報で、人を混乱させ惑わすなど公共に危害を与えるために意図的につくられた情報」と定義されている(ただし定義にはさまざまな見解がある)。
     ただ、勘違いなどによる誤情報とは区別される。
     偽情報がクローズアップされるようになったのは、2016年ころから。
     米国の大統領選挙で「トランプ候補をローマ法王が支持」、イギリスのEU離脱選挙で「EUへの拠出金が週3億5000万ポンドに達する」など、一国の将来を左右する重大選挙で明らかな偽情報が飛び交い、選挙の結果に大きな影響を与えた。ロシアなど第三国からの発信が少なくなかったため、安全保障上からの観点からも新たな脅威として認識されるようになった。
     こうした苦い経験を踏まえ、欧州を中心に、偽情報対策が真剣に講じられるようになった。
    偽情報への警戒心が薄い日本
     一方、日本では、16年4月の熊本地震で「動物園からライオンが放たれた」、18年9月の沖縄県知事選で「玉城デニー候補の沖縄振興政策はまやかし」など、災害や選挙で偽情報が流布されたものの、影響は限定的で、大事には至らなかった。その背景には、日本語が障壁となって外国からの干渉を防いだともいわれる。
     「国内外における偽・誤情報に関する意識2023年版」(みずほリサーチ&テクノロジーズ)によると、「正しいかどうかわからない情報」について「情報の真偽を調べた」人の割合は、米国50%、フランス44%、英国38%、韓国28%に対し、日本は26%と最下位だった。偽情報でもなんとなく鵜呑みにする傾向が強いのである。それはだまされやすいとうことでもあり、巧妙な情報操作にあえば社会全体が容易に誤った方向に行きかねないリスクをはらんでいる。
     つまるところ、総じて、偽情報に対する警戒心が薄かったといえる。
    能登半島地震の大混乱で取り組みが加速
     ところが、1月の能登半島地震で、偽の救助要請が拡散し、現場が大混乱に陥った。
     情報通信研究機構(NICT)によると、地震発生後24時間以内にX(旧ツィッター)に投稿された救助要請のうち約1割が「実際には被害がないにもかかわらず救助を求める」などの偽情報だった。広告収入を得るために閲覧数(インプレッション)を稼ぐ目的で、虚偽内容を投稿したり、同一内容をコピペして新規投稿するケースが目立ったという。
     情報の質よりも人々の注目を集めることが経済的利益を生むアテンションエコノミーという憂慮すべき事態で、閲覧数稼ぎのアカウントは「インプレゾンビ」と呼ばれ、、偽情報の拡散の元凶になっている。
     このため、偽情報対策は喫緊の課題との理解が急速に進み、総合的な取り組みを加速させることになった。
     これまで日本における規制は、メタ(旧フェイスブック)やX(旧ツィッター)などSNS事業者の自主的な取り組みに委ねてきたが、生成AIなどの新技術が次々に開発され、もはや事業者任せでは安心安全な情報空間が期待できないとの危機感が広がり、規制強化へ舵を切ることになった。いわば性善説からの決別と言える。
     偽情報の規制強化は世界的な流れで、欧州連合(EU)が2月、事業者に幅広い義務を課し制裁金も科すデジタルサービス法(DSA)を全面的に運用開始したことも、方向転換を促した。
    行政関与の強化を求めた有識者会議
     まず動いたのが情報通信事業を所管する総務省だった。
     憲法学者はじめIT専門家や弁護士などのメンバーによる有識者会議「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会」(座長・宍戸常寿東京大学大学院教授)を23年11月に立ち上げていたが、能登地震後の年明けからは毎週のように集う異例のスピード審議で、偽情報に関してわが国では初めてともいえる体系的な論点整理を行った。
     内容は多岐にわたり、具体的な対策も示したことから、9月にまとめた提言は300ページを超える長大文書となった。
     最大のポイントは、偽情報の拡散を防止するため、事業者任せではなく、行政が関与を強めることを求めた点だ。行政が、有害な情報の削除などを事業者に求める制度の導入を提案したのである。
     具体的には①違法な偽情報の対応基準を策定し行政の要請に基づく削除の迅速化、②違法な偽情報を繰り返し発信する常習者のアカウント停止、③違法でなくても社会的影響の大きい偽情報は投稿者への広告報酬の支払い停止、④なりすまし詐欺の偽広告を防ぐため事前審査基準を策定――などを列挙した。
     これまでの規制策に比べれば、一歩も二歩も踏み込んだ内容である。
     ただ、EUのように、違反した事業者に過酷な罰則を設けるよう求めなかった点には物足りなさが残る。
    経済安全保障の観点を強調
     一方、自民党の情報通信戦略調査会(会長・野田聖子元総務相)も8月末、「偽情報対策は健全な民主主義を守るための喫緊の課題」と位置づけ、偽情報への厳格な対応が急務とする政府への提言をまとめた。
     まず、偽情報は「国民の意思決定に影響を及ぼすことで国民の表現の自由の基盤を根底から覆し、民主主義の根幹を揺るがしかねない」と強調。諸外国では、サイバー攻撃はじめ「敵対的情報戦」にも悪用されていると指摘した。
     そのうえで、「表現の自由の基盤を確保して健全な民主主義を守る観点」に加えて「経済安全保障や情報安全保障の観点」から、強力な偽情報対策の必要性を訴えた。
     具体的な対応としては、①偽情報の発信者に対し既存法令による厳格な執行、②外国からの偽情報によって世論操作がなされたと疑われる事例の検証、③投稿者の発信国を表示させる仕組みの検討――などを挙げた。
     また、5月に成立した、個人の誹謗中傷について迅速に削除することを事業者に義務づけた「情報流通プラットフォーム対処法」の効果を踏まえ、偽情報についても事業者に同様の措置を講じるよう求めた。
     表現は抑制的だが、内容はかなり踏み込んだものとなっている。
    難題は表現の自由との兼ね合い
     政府・自民党が、偽情報の悪影響の重大性に気づき、新たな制度を整備して規制強化へ踏み出したことは評価されるべきだろう。
     さて、ここで、またも問題となったのが、表現の自由との兼ね合いだ。
     ネットの言論空間で、政府が情報のハンドリングに主導的に関わると、事実上の「検閲」になりかねないとの懸念がつきまとう。
     「検討会」の提言は、違法でない情報にまで行政が口を出して「検閲」になりかねない事態を招かないよう、クギを刺すことも忘れなかった。表現の自由を確保するために、行政の恣意的介入を許さないのは当然であり、言論空間を萎縮させる規制であってはならないことは、論を待たない。
     このため、ファクトチェックの重要性を説き、「推進主体は政府からの独立性が確保されるべき」との考えを示した。
     とはいえ、目の前に氾濫する偽情報の脅威を傍観しているわけにはいかないし、規制強化の国際的な潮流に取り残されることがあってはならない。
     公共の利益を害するような偽情報を野放しにしておくようなことは断じて許されないと肝に銘じるべきだろう。
    官民で加速する偽情報対策
     偽情報対策は、官民で、さらに加速する動きを見せている。
     総務省は、「検討会」の提言を受けて10月10日、新たな有識者会議を立ち上げ、法制度の整備に向けた議論を開始した。偽情報の蔓延状態を一刻も早く是正するため、とくに「違法な偽情報」に絞って、SNS事業者への規制を制度化する方針で、25年の通常国会に法案提出を目指している。
     一方、富士通は10月16日、8つの大学や研究所と共同で、ネット上の偽情報の真偽を判定する世界初の「偽情報対策プラットフォーム」を2025年度末までに構築すると発表した。
     共同研究に参加するのは、富士通のほか、国立情報学研究所、NEC、慶応大、東京科学大、東京大、会津大、名古屋工業大、大阪大の9者。AIが作成した「ディープフェイク」の検知や大規模言語モデル活用による情報の真偽判定など、それぞれ個別に研究してきた技術を持ち寄り、統合する取り組みだ。実現すれば、世界に先駆けて偽情報対策を実用できる技術を提供できることになるという。
     また、報道各社は、ネット上の記事や広告に情報発信者を明示する「オリジネーター・プロファイル(OP)」という技術を、2025年の実用化を目指して開発を進めている。導入されれば、偽情報対策の有力な対抗手段になると期待されている。
    偽情報対策に相当の予算を
     日本では、欧米のように、社会全体が決定的影響を受けるような偽情報の洗礼に遭遇してこなかったせいか、偽情報に対する感度が鈍いとされてきた。
     だからと言って、石破首相まで鈍いようでは困る。
     情報の真偽を判別する技術の研究開発のために総務省が計上した25年度概算要求は20億円に過ぎない。この程度の額で、どこまで効果的な対策を取れるかは疑問だ。地方創生の交付金を当初予算ベースで倍増するという大盤振る舞いを打ち上げたが、偽情報対策にも相当の予算を割くべきだろう。
     読売新聞が10月14日に発表した世論調査では、ネットを通じて偽情報が広まることに「不安を感じる人」が89%にも達しており、国民の意識も少し変わってきたようにみえる。
     偽情報を軽視してはならないし、このタイミングを逃してはならない。
     石破政権は、偽情報がもたらす社会的影響の大きさに留意し、総務省や自民党が提言した偽情報対策の実効性をどのように担保するか、強烈な熱意と早急な対応が求められる。



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