|
アーカイブ PRESIDENT Online 2025/03/04 水野 泰志
フジテレビの「スポンサー離れ」よりずっと深刻…通販番組を1日10時間たれ流す"民放BS"の悲惨すぎる現状
ネット配信サービスに追いやられ、存在感を失った衛星放送
一時代を画した衛星放送が、出口の見えない長いトンネルに入っている。
最近、衛星放送に絡むニュースをさっぱり見かけなくなったと感じている人は少なくないかもしれないが、それもそのはず。この数年の間に、衛星放送を取り巻くメディア事情は一変し、巷をにぎわせるような明るい話題はまるでなくなってしまったのだ。
衛星放送は、全国にあまねく同じ番組を同時に届けることができるうえ、多チャンネルでさまざまなジャンルの番組を享受できることから、かつては「地上放送を凌駕するのでは」と言われたこともあったが、今や、それも夢物語になりつつある。
無料のBS民放は、スポンサーの確保もままならずテレビショッピング(通販番組)だらけ。多くの専門チャンネルを提供する有料放送の「WOWOW」や「スカパー!」も急速に加入者を減らしている。大谷翔平選手はじめ日本人選手が活躍する米大リーグの中継を独占するNHKBSも、受信契約は伸び悩んだまま。衛星放送から撤退する事業者が続出し、新規募集への応募もまばらで、放送衛星の中継器(トランスポンダ)はガラ空き状態になっている。
衛星放送を苦境に追いやったのは、急伸するネット配信サービスだ。「ネットフリックス」や「Amazonプライム・ビデオ」に「ディズニープラス」、「U-NEXT」や「Hulu」などがものすごい勢いで普及。いつでも、どこでも、見たい番組を、スマホやネットテレビなどさまざまなデバイスで手軽に見られるネット配信サービスは、衛星放送のメリットを包み込み、その優位性を奪ってしまった。
映像メディアの勢力地図が激変する中、放送行政を所管する総務省は、有識者を集めて起死回生策を練ったが、妙案は浮かばずじまい。
1990年代に鳴り物入りで始まった衛星放送だが、もはや「オワコン」(旬が過ぎ将来性がないもの)になってしまったのだろうか。
W杯で売り上げが急増している衛星放送(BS)機器の売り場=1998年6月17日午後、大阪市浪速区日本橋
2月28日、WOWOWが開局30周年を機に、2021年3月に開設したBS放送の「WOWOW 4K」が、ひっそりと終了した。
「4K放送ならではの映像美」「WOWOWならではの番組セレクション・映像体験」を融合した新サービスとして華々しく打ち上げたが、わずか4年で「チャンネルじまい」することになった。
その理由について、WOWOWは「急速に変化する外部環境や競争の激化により、厳しい状況に直面しており、中長期的な経営資源の選択と集中を考慮」した結果という。もはや先行きが見込めない事業をダラダラと継続できないということだ。
BS放送では、「Dlife」と「FOXスポーツ&エンターテイメント」が2020年3月末で放送を終了。「BSスカパー!」が2022年10月末、「スターチャンネル2」「スターチャンネル3」も2024年5月末で放送を終えた。
事情は異なるが、NHKの「BSプレミアム」も、2023年12月1日に「NHKBS」に整理・統合され、2024年3月末で放送終了、7月16日に完全に停波した。
CS放送では、スカパー!が2024年3月末で、「J SPORTS1~4 4K」「スターチャンネル 4K」「日本映画+時代劇 4K」などの4Kチャンネルを軒並み閉じた。
2018年12月から展開してきた4K放送だが、受信機器の普及が進まず、4Kのオリジナル番組も少なく、衛星使用料などのコストがかかるばかりで、採算の改善が見込めないからにほかならない。期待した加入者の増加は、絵に描いた餅に終わったのである。
かつて衛星放送は、総務省が電波を割り当てようとするたびに、参入を希望する事業者が続々と名乗りを上げ免許獲得にシノギを削ったが、そんな光景も今は昔。
先ごろ行われたNHKの「BSプレミアム」の跡地(周波数の空いた帯域)の参入事業者を募ったところ、3事業者の募集に対し、手を挙げたのは5事業者。ところが、審査の途中でWOWOWと東京通信グループが申請を取り下げたため、無競争状態になってしまった。
残ったのは、通販番組専門のSCサテライト放送の「ショップチャンネル4K」とQVCサテライトの「4KQVC」、それに新設のOCOの「OCOTV」の3事業者3チャンネル。
電波割り当ての諮問を受けた電波監理審議会は、3事業者とも認定基準をクリアしたため、形ばかりの審査で免許を与えざるを得なかった(「ショップチャンネル4K」と「4K QVC」は4月1日放送開始予定)。
「BSプレミアム」の跡地は、なんとか埋まったが、かつては満杯だった放送衛星の中継器は空き帯域が増え、未使用帯域も少なくなく、放送衛星の運用には多大な支障が出始めている。
未曽有の事態に、電監審は、通販番組のみを放送する事業者を認定することに疑義が出たことを踏まえ、総務省に対し、衛星放送の認定基準の見直しを建言。さらに、衛星放送全体の制度の在り方について、時代に即したものになるように、と要望を出した。
いうまでもなく、「衛星放送行政を根本的に見直せ」という直言にほかならない。
1日10時間以上「テレビショッピング」を流す局も…
24時間放送のうち、テレビショッピングは4割程度に及ぶ。テレビショッピングの合間を縫って、ドラマやミュージックが放送されているという編成だ。通常の番組中に流れるCMもショッピング広告が延々と続き、一日中、テレビショッピングを見ているような気分になる。しかも、ドラマは地上放送でいつか見た番組や海外から買い付けた番組ばかり。BSのオリジナル番組は、ほとんど見当たらない。
無料だからといって、これでは視聴習慣などできるはずもない。
CM料金の指標となる視聴率を稼げなければスポンサーがつかず、制作費を潤沢に出せなければ質の高い番組をつくることは困難で、その結果、ますます視聴率は低下する、という負のスパイラルから抜け出せなくなってしまった。
2000年にスタートしたBS民放は、当時からテレビショッピングが主要コンテンツだったが、4半世紀経った現在も目立った工夫も進歩もなく、まさに「お荷物」と化しているようだ。
WOWOWは、会員数が2019年の290万件をピークに急速に減少、2024年末には52万件減の238万件にまで落ち込んだ。これは、草創期の1997年の水準に並ぶ数字だ。
サッカーやテニスなど大型イベントの放映権を獲得して会員を増やしてきたが、スポーツ大会頼みでは限界があることを露呈、オリジナルドラマもヒット作に恵まれず、視聴者をつなぎ留める牽引役が見当たらなくなった。このため、コロナ禍の巣ごもりでサブスクリプション(定額購入)型サービスの特需が起きたにもかかわらず、その波に乗りそこなった。
スカパー!もまた、加入者の急減に苦しんでいる。映画、スポーツ、音楽、ドラマ、公営競技など多彩な約70チャンネルが見られるメインサービスの「スカパー!」(ほかに約130チャンネルが見られる「スカパー!プレミアムサービス」などがある)は、2016年に220万件の加入者を記録し、その後はおおむね横ばい状態が続いていたが、2022年から2024年末にかけて24万件も減り、ついに200万件の大台を割って192万件となった。
下げ止まりの特効薬はすぐには見当たらず、減少傾向は加速しかねない。社内では「今後の会員数は減る一方で、決して増えたりはしない」と悲観的な見方が広がっているという。
ちなみに、NHKの衛星放送の受信契約数は、2024年9月末で2179万件。契約総数4080万件の半分でしかない。
日本ではなじみのなかった有料コンテンツ市場を開拓してきた衛星放送だが、その果実はネット配信サービスに持っていかれてしまったようにみえる。
有料動画配信サービスの市場は、コロナ禍の巣ごもりを機に拡大の一途で、国内全体で利用者は4000万人を超えたともいわれる。利用者数は急増しているうえ非公表のケースもあるため単純な比較は難しいが、把握できる範囲で見てみると2015年に日本に上陸したネットフリックスは、会員数が2020年に500万人、2024年6月には1000万人を突破したと公表している。
全世界では有料会員数が3億人を突破したといわれるだけに、日本で1000万人というのは驚くような数字ではないかもしれない。ただ、1000万という数字は、4885万世帯の20%超にあたる。映像サービスの有料契約は、500万件程度が上限とみられていただけに、インパクトは大きい。
Amazonプライムの特典であるAmazonプライム・ビデオは、会員数を公表していないが、利用者数ではネットフリックスを上回るという調査もある。
国内勢では、Paraviと統合したU-NEXTが2024年11月で約453万人を数える。日本テレビ系のHuluも2024年9月で約280万人という。
いずれも、衛星放送のWOWOWやスカパー!の有料会員数をあっさり抜いてしまった。無料サービスとなると、YouTubeやTVer、ABEMAなどが、広く浸透しているようだ。
「好きな時間に好きな番組を見られる」ネット配信の圧勝
メディア特性の面からみると、衛星放送に比べ、ネット配信サービスの優位性は一目瞭然だ。
・いつでも見たいときに見たい番組を見られる(放送時間に捉われない) ・ネット環境があれば、どこでも視聴できる(専用アンテナなど受信環境の制約が少ない) ・受信端末はスマホ・パソコン・テレビなど多様な選択肢がある(テレビに限定されない) ・利用料金が安い(衛星放送の月額3000円~5000円に対し、月額500円~1500円程度)
ほかにも、番組のラインナップが豊富で多彩なオリジナル作品を用意し、視聴履歴や好みに応じてオススメ作品を自動的に提案するパーソナライズ機能も備えるなど、さまざまな視聴者のニーズに応えられるきめ細かいサービスを提供している。
こうしてみると、ネット配信サービスは、衛星放送の特性である全国一律サービスや多チャンネルを包含してしまったといえる。時間軸の編成表に基づくチャンネルというコンテンツ提供形態は、もはや時代遅れといわざるを得ない。
視聴者は、衛星放送にメリットを感じることはなくなり、ネット配信サービスへ向かって雪崩をうちかねない状況だ。
それだけに、衛星放送がネット配信サービスに打ち勝つのは容易ではない。
急速な映像市場の変化にとまどいながら危機感を募らせたのが、総務省だ。
有識者によるワーキンググループを立ち上げ、2023年秋から1年間かけて、衛星放送の現状を分析し、課題を整理し、報告書をとりまとめた。
そこでは①放送衛星の調達・打ち上げや運用の費用削減、②地上放送の代替としての衛星放送の活用、③災害時における衛星放送の活用、④周波数の有効利用、⑤通販番組の適正化――などについて整理されたが、課題だけが浮き彫りになり、衛星放送の復活に向けた具体的な提言は示されずじまい。
集まった有識者も、総務省の事務方も、良い知恵が浮かばず、対応に苦慮していることが伝わってくるようだ。
そんな苦境の中で、衛星放送が生き残れるとすれば、単なる「テレビの延長」ではなく、「新しいメディアの形」として進化できた場合だろう。
一つは、放送とネットのそれぞれのメディア特性を活かした「衛星放送+ネット配信サービス」のハイブリッドモデルの確立が検討される。
また、コンテンツ面では、大型イベントや音楽ライブのような地上放送やネット配信サービスにはない独自コンテンツの開拓や、教育やドキュメンタリーなどより専門性の高いチャンネルに特化して集積することなどがイメージされる。
だが、多額の投資に見合うリターンが期待できるかどうか。何より、衛星放送を何としても活かそうとする意欲のある事業者が出てくるかどうか。
衛星放送は、1局1チャンネルの地上放送に対し、専門性の高い多チャンネルの放送サービスとして、鳴り物入りで登場した。地上放送に先立って4K・8Kの超高精細度放送もスタートした。放送界の枠の中では、十分に存在価値を示すことができたのだが、ライバルがネット配信サービスになったとたんに、そんなアドバンテージは吹き飛び、袋小路に入ってしまった感がある。
「一世代30年」とはよく言ったもので、スタートしてからおおむね30年。予想もしなかったメディア環境の激変で、衛星放送は大きな曲がり角を迎えている。
| |
|