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    アーカイブ PRESIDENT Online 2025/06/18 水野 泰志
    まるで異世界だよ…「大阪・関西万博」ではオワコン、「20年前の愛知万博」では必需品だった"アイテム"
    もうスマホがなければ何も知れない、できない
    20年間で様変わりした「万博の情報空間」
     この1年の国政選挙や地方選挙で、ソーシャルメディア(SNS)の発信力が伝統的メディアである新聞やテレビを凌駕し、選挙結果を左右するほど大きな影響を与える事態が明らかになってきたが、今やSNSの増大するパワーは、選挙にとどまらなくなっている。
     開催中の大阪・関西万博(以下、大阪万博)で、筆者は、SNSが提供する情報の有用性と、新聞・テレビが発信する情報の乏しさを、身をもって体感。「利用者が必要としているメディアとは何か」を、否応なしに突きつけられた。
     万博という国を挙げての一大イベントで、来場者が頻繁に利用するメディアは、X(旧ツイッター)やInstagram(インスタグラム)、Facebook(フェイスブック)、それにYouTube(ユーチューブ)などのSNSであり、万博協会の公式サイトも含めた、さまざまなネットメディアなのである。そこには、新聞やテレビが入り込む余地はほとんどないと言っていい。
     実は、20年前の2005年に開かれた愛・地球博(愛知万博)で、筆者は、万博協会の情報通信部門の事業を委託された「NTT・KDDI・電通・中日新聞合同企業体」で、公式サイトや万博新聞などさまざまな万博情報の発信を担当する総合編集部の総編集長を務めていた。
     当時は、SNSはまだ普及しておらず、ネットメディアといっても、通信回線が貧弱なため、ホームページでのテキストや写真の掲載にとどまり、動画の再生もままならなかった。
    「ほしい情報をすぐに得られなければメディアじゃない」
     携帯電話も3G(第3世代移動通信システム)のガラケーしかなく、ネットサービスと言えばNTTドコモのiモードやKDDIのEZwebがもてはやされていた時代である(スマートフォンのiPhone登場は2007年)。会場を行き交う人は、公式ガイドブックや万博新聞(会場で入手できた)の印刷メディアを手に、パビリオンをめぐり、イベントを楽しんでいた。
     このため、愛・地球博の来場者にとっては、ネットメディアよりも、新聞やテレビが「信頼できる情報源」としてはるかに大きな存在感を持っていたのである。
     それだけに、大阪万博における情報の発信や伝播、来場者の情報行動(探索・利用・共有)などに強く関心をもって来場したのだが、来場者のニーズと新聞・テレビが発信する情報には大きなズレがあった。もはや「来場者にとって、ほしい情報をすぐに得られなければメディアじゃない」と言えるほど、メディア環境は様変わりしていた。
     2つの「万博の情報空間」には隔世の感があり、かつてメディアの盟主といわれた新聞やテレビのマスメディアの限界を、あらためて実感せずにはいられなかった。
     愛・地球博から20年後の大阪万博は、あらゆる意味で「情報革命=メディアの激変ぶり」を見せつけたのである。
    来場者が求めるのはリアルタイム情報
     実際に、大阪万博で、来場者が、どのような情報を求め、入手し、活用しているかをみてみよう。
     チケットを入手済みの来場者が求める情報を整理すると
      ①大渋滞の入場ゲートの混雑状況(通過までの時間)
      ②長蛇の列をなす各パビリオンの待ち時間
      ③各パビリオンの予約の可否や整理券発行状況
      ④各パビリオンの評価
      ⑤イベントスケジュールと予約状況
      ⑥フードコートの混雑具合
      ⑦高額といわれる食事メニューとコストパフォーマンス
      ⑧会場の全体マップと主要地点間の移動距離・時間
      ⑨トイレや無料給水スポットの場所
      ⑩混雑の少ない帰路ルート
     などが挙げられる。
     こう並べてみると、大混雑する会場で、効率的に時間を活用して万博を楽しむ術が求められていることがわかる。ほしいのは、まさにリアルタイムの情報なのである。
     では、こうした情報を、どのようにして入手できるのか、という問題が最大の関心事になる。
     実際に役に立ったのは、来場者が発信するSNSの情報だった。
     たとえば、パビリオンの待ち時間。万博を運営する日本国際博覧会協会(万博協会)は、待ち時間を公表していない。「並ばない万博」を標榜する以上、待ち時間は存在しないことになっているのが建前だからだ。
     だが、実際は、開幕直後から人気のパビリオンには長蛇の列ができた。このため、ネットでは、来場者の投稿を集約して待ち時間を一覧できる「万博GO」のような便利サイトが重宝されている。確かに、刻々と変わるリアルタイムの状況がわかるので、使い勝手は上々だ。
     X(旧ツイッター)でもパビリオンの見所や混雑度などをまとめた一覧表が公開されていたり、インスタグラムで効率的な会場の回り方などをアドバイスする仕掛けもある。
     さすがに、来場者の怒りの声に抗し切れなくなった万博協会は、開幕から2カ月経った6月14日になって、ようやく、ごく一部のパビリオンに限って待ち時間を公式アプリ「EXPO 2025 Visitors」で提供するようになったが、使い勝手の悪さはいかんともしがたい。
    スマホがなければコスパよく回れない
     パビリオンの評価も、気になるところだ。
     公式ガイドは肯定的な表記ばかりでマイナス面の評価は書かないから実相は不詳で、長時間並んでようやく入館しても期待外れに終わることが少なくない。その点、SNSの情報は、実際に体感した人のホンネが伝わってくるから、パビリオンの選択にはとても有効だ。
     入場ゲートの渋滞状況や、帰路の効率的なルートを把握できるのも、SNSだ。
     広大な会場の地図も、しかり。万博協会の公式アプリの会場地図は、使いづらく、ほとんど実用に供さない。
     そこで活用されているのが、SNSで公開されている利用したい施設をわかりやすく書き込んだ会場マップだ。トイレや無料給水スポットの場所はもちろん、混み具合もわかる。
     グループで来場する場合は、グループLINEのような情報共有の仕組みを利用すれば、会場でメンバーが散り散りになっても、常に一体感を持って行動できるから便利さは格別だ。
     大阪万博は、スマートフォン(スマホ)の活用が基本になっているので、SNSの有用性は当然と言えば当然だろう。
    まるで異世界…大阪・関西万博は「無限の情報空間」
     ここで考えてみたいのは、「万博の情報空間」だ。
     愛・地球博は、万博協会や新聞・テレビの限られた発信源からしか情報が提供されない、いわば「限られた情報空間」だった。
     そこでは、パビリオンやイベントの紹介をはじめとする会場案内や、パビリオンの予約や待ち時間など、万博協会から来場者へ一方通行の情報が大半を占めていた。新聞やテレビは、そのうえに記者の取材した独自の情報を加えて報じていたにすぎない。来場者の視点に立った来場者が発信する来場者のための情報は、ほとんどなかった。
     情報を取得するツールも、公式ガイドブックなどの印刷メディアが主流。ネットの普及率は6割を超えていたが、パソコンが中心で、モバイルを利用できるシーンは限られていた。筆者は、公式サイトで当時の最先端を行くネット技術で挑戦的なネットメディアの展開を試みたが、来場者のニーズにどこまで応えられたことか……。
     これに対し、大阪万博は、何万という来場者が発信する情報が折り重なった、いわば「無限の情報空間」といえる。
     そこでの情報流通は、多元的で、双方向が基本。SNSで洪水のように発信される有象無象の情報があふれ、さらに再投稿(リポスト)や共有(シェア)、共感(いいね!)などで、さまざまな情報が拡散されていく。万博協会が発信する情報は「ワン・オブ・ゼム」に過ぎない。
     来場者は、その中から、自ら求める情報を拾い出して活用していく。
     ツールは、言うまでもなくスマホ。パソコンさえ後方に追いやられている。
    新聞・テレビでは来場者のニーズに応えられない
     では、新聞やテレビはどうか。
     事前に、万博の理念やパビリオンの展示、イベントのプログラムや会場へのアクセスなどの静的情報を把握しようとする際には、活用できるだろう。ただ、その大半は、万博協会の公式サイトでも得られるに違いない。取材による日々の話題やニュースも入手できるだろうが、いずれも事後のアーカイブ的内容で、来場者にとって必須のリアルタイムの情報ではない。
     20年の歳月は、「情報空間」をまるで別の世界に変えてしまったと言える。
     とはいえ、注意しておかねばならないことがある。
     SNSの広がりとともにネットメディアの利便性はますます向上しているが、一方で、偽情報・誤情報の蔓延、根拠のない誹謗中傷など、負の面も看過できないほど増大している。
     大阪万博でも、開幕直後から、SNSでデマや不正確な情報が流布した。
     目玉の大屋根リング(1周約2キロ、高さ約20メートル)の格子状に組まれた木材の梁が「ゆがんでいる」との指摘が相次ぎ、「一気に壊れて大惨事」「崩落するのでは」といった反応が即座に広がった。実際には、地盤沈下した場合に建物に影響が出ないようあらかじめ設計したためで、大勢の人がリング上の遊歩道に上がったためにゆがんだわけではないが、一時は大騒ぎになった。
    際限なく拡散される誤情報
     また、「万博に13兆円の税金が投じられている」という風説も広がった。会場建設費は当初見積もりの1.8倍となる2350億円に膨れ上がり、国と大阪府・大阪市の負担は、その3分の2の1566億円(ほかに日本館の建設費360億円)に増大、税金の使い道に敏感な庶民感情を逆なでしていた。
     そこに降って湧いた話だったが、出所は経済産業省がまとめた「大阪・関西万博に関連する国の費用について」の中の「国費で負担する高速道路や鉄道などインフラ整備事業約10兆円」という記述のようで、万博の直接的経費ではないので不正確な情報といえる。
     ネット上に流れる情報は、大半が偽情報・誤情報という指摘もあるほど、信憑性に疑問符がつきやすい。SNSでは、伝聞やうわさに基づいて発信される「裏を取っていない情報」が急速に拡散したり、感情にまかせた誹謗中傷が跋扈して、至る所で炎上が発生する。
     こうしたネットメディアの問題を適切に防ぐ方策は、現状では見当たらない。
     欧州では法規制を強めているが、トランプ大統領が率いる米国は慎重で、日本ではプラットフォーマーの自主規制に委ねるなど、国際的な協調もままならない。
     「ファクトチェックを徹底しろ」とか、「メディアリテラシーを養え」とか、言うのは簡単だが一朝一夕にはいかない。
     SNSが情報空間を席巻している大阪万博では、どんな情報でも鵜呑みにすることにはリスクが伴うことを心しておきたい。
    万博が映し出したメディアの新旧交代
     メディアの発達史をみると、15世紀の活版印刷の発明で印刷メディアにより情報が広く流布するようになり、17世紀に新聞が登場。20世紀に入るとラジオ、第二次大戦後の1950年代にはテレビの放送メディアが、表舞台に躍り出た。
     そして、20世紀の終わりにインターネットが普及し、21世紀初頭にはモバイルのネットメディアが広がった。2010年代には、ソーシャルメディアが台頭、昨今はAIが急速に席巻しつつある。
     こうした流れをみれば、メディアの主役の交代は不可逆的であることがわかる。
     大阪万博の来場者数は5月31日に開幕以来最多の16万2000人を記録したが、2800万余人の目標を達成しようとすれば、1日平均で約15万余人の入場が必要となる。現状でも、会場は大混雑しているだけに、来場者が増える夏休みや会期末に向けて大混乱は必至だろう。
     それだけに、SNSによる、より一層、有用性の高いリアルタイムの情報が求められるに違いない。
     残念ながら、そこに、新聞やテレビが割って入ることは難しそうだ。利用者が求める情報を提供できなければ、もはやメディアとして胸を張ることはできないのかもしれない。



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