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アーカイブ 月刊ニューメディア 2021年8月号 水野 泰志
「行政がゆがめられた」―― 放送事業会社「東北新社」の外資規制違反問題は、総務省が設置した第三者委員会「情報通信行政検証委員会」(座長・吉野弦太弁護士)が6月4日、検証結果を報告書にまとめ、総務省の失態を断罪した。
菅義偉総理大臣の長男が絡んだ総務省接待疑惑に端を発した「事件」は、旧郵政官僚が担ってきた放送行政に歴史的汚点を残すことになった。
報告書によると、2017年8月18日、東北新社の役員が井幡晃三衛星放送・地域放送課長と面談し、「20%未満」という外資規制に違反している状況を説明、この時点で井幡課長や部下が「東北新社の違反を認識した可能性が高い」と推量した。にもかかわらず、総務省は、放送法で規定された放送事業の認定を取り消すどころか、東北新社が違反状態を解消するために事業を子会社に引き継ぐことを追認した可能性が高いと断じた。つまり、違反を知りながら処分をしなかったというわけだ。この点をもって、「行政がゆがめられたとの指摘を免れない」と結論づけたのである。
第三者委員会の調査に対し、東北新社はメールや領収書などの具体的資料をそろえて経緯を詳述したのに対し、井幡課長は「東北新社の役員と会ったかどうか覚えていない」「外資規制違反について聞いたことはない」「東北新社の役員に事業の承継をするよう指示したことはない」と全面否定、他の職員も「覚えていない」を連発、裏付けとなる客観的な資料も提出しなかった。
東北新社と総務省の主張は真っ向から対立する形になったが、総務省の言い分はことごとく一蹴された。接待疑惑の調査では、自ら名乗り出る者は皆無で、証拠を突きつけられてしぶしぶ認めるケースが続出していた状況を振り返れば、担当職員の主張の信憑性に疑念がもたれるのは当然だろう。
この時期の前後に、井幡課長は会食やプロ野球チケットなど高額の接待を受けていた事実も判明。接待時に外資規制違反に関わる直接的な相談があったことは確認できなかったものの、「会食の有無にかかわらず、行政がゆがめられた可能性がある」と断じた。
吉野座長は記者会見で「行政の透明性や公平性を証明してもらいたかったが、あってもいいはずの資料が提出されなかった」と、総務省が説明責任を果たさなかったことを強く非難した。
ところが、報告書を受け取った武田良太総務大臣は8日の衆院総務委員会で、「担当者が否定しているので、『行政をゆがめた』とは断定できない」と総務省の職員を擁護、「(報告書は)推測の域を出ていない」として、外資規制違反問題について担当者らの処分を見送る方針を表明した。
「行政がゆがめられたのではないかという疑念がある」として真相を究明するために自ら設けた第三者委員会の検証結果を、事実上「無視」したのである。
総務省のこうした手のひら返しは今に始まったことではない。
記憶に新しいのが、ふるさと納税をめぐる泉佐野市の問題だ。新たな規制を過去にさかのぼって適用したところ、総務省の国地方係争処理委員会が「NG」を勧告したが、当時の高市早苗総務大臣は「無視」。このため、泉佐野市に訴えられ、司法の場で断罪されて全面敗北した。総務省は、身内の第三者機関の勧告に従わず、恥の上塗りをしてしまったのである。
武田良太総務大臣の責任は重い。「深く反省しなければならない」と口にするだけで、第三者委員会の報告を尊重せず、接待疑惑で大量の処分者を出した前代未聞の不祥事の責任も取らない。これでは、国民の政治家に対する信頼はますます落ち、政治不信は募るばかりだ。
旧郵政官僚は、郵政事業という現業部門を抱えていたこともあって、おしなべて実直で人間味にあふれると目されてきた。だが、今や隠蔽やウソをものともしない霞が関官僚に成り下がってしまったようで残念でならない。
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