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アーカイブ 月刊ニューメディア 2022年6月号 水野 泰志
Mizuno's EYE メディア激動研究所代表・水野泰志
テレビの番組を、ネットを使ってリアルタイムでパソコンやスマートフォンで見ることができる「同時配信」。2020年春にスタートしたNHKに続いて、TBS、テレビ朝日、テレビ東京、フジテレビが4月に、民放公式テレビポータル「Tver(ティーバー)」を活用して参入、2021年秋に開始した日本テレビとともに民放キー局の本格的な取り組みが始まった。
受信料収入という裏打ちがあるNHKと違って、新たなビジネスとして見通せない民放界はおしなべて慎重だったが、若年層を中心に急速に「テレビ離れ」が進み、ネットへの移行が加速する中、もはや「もうかりそうにない」と二の足を踏んでいられる状況ではなくなったと言える。
実際、総務省の調査によると、2020年度に初めて、全年代で平日の「ネット」の平均利用時間が「テレビ(リアルタイム)視聴」の平均利用時間を上回った。動画配信サービスの利用率は、「ユーチューブ」85%に対し、「Tver」は14%にとどまる。誰もがネットで動画を見るようになったが、テレビの番組を見る層は限られており、放送界の危機感は高まる一方だ。
「同時配信」の番組はテレビと同じ内容なので、リアルアイムでテレビを見ている人にはネットに移行するインセンティブが働かないし、もともとテレビを見ない人にはネットで見られるというだけで振り向かせることは難しい。
日本民間放送連盟(民放連)研究所の「ネット配信サービスの利用動向調査」によると、民放が提供する「同時配信」を「利用してみたい」という回答は6割に上った。これまでドラマやアニメを中心とする民放の「見逃し配信」の利用経験者も4割弱いる。
しかし、「同時配信」のメリットは、「見逃し配信」とは決定的に違う。ニュースやスポーツなどリアルタイムで視聴する番組にこそ価値が生まれるからだ。
災害報道やスポーツ中継に力点を置くNHKが「同時配信」に力を入れるのは当然で、民放が同じ土俵で競うのは容易ではない。
もっとも、NHKでさえ利用申請数は21年9月末で約373700万件の受信契約世帯のうち231万件にすぎない。15年近い実績があるイギリスでも、「同時配信」の視聴者は2割程度にとどまっているという。
こうした数字を見る限り、「同時配信」が視聴形態の主流にはなりそうにない。
ネットの著作権処理も難題だ。21年の改正著作権法で手続きが簡略化されたが、なおハードルが残る。「NHKプラス」では、オリンピックや大相撲を楽しめたが春の選抜高校野球は「同時配信」されず、ストレスが溜まった視聴者も少なくなかっただろう。
民放にとって、もっとも気になるのは採算性だが、民放連研究所は、ネットのCMをテレビのCMから差し替えて配信しない限り、収益に結びつけることは難しいと論じている。
日本の放送界は、「公民二元体制」という世界でもまれな業態で発展してきたが、サクセスストーリーがネット時代にも引き継がれるかどうか。民放キー局の「勝算なき同時配信」への本格参入は、「NHK一強時代の始まり」という声も聞こえてくる。
民放界には、「進むも地獄、退くも地獄」のいばらの道が待ち受けている。
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