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アーカイブ 月刊ニューメディア 2022年8月号 水野 泰志
Mizuno's EYE メディア激動研究所代表・水野泰志
携帯電話料金の値下げ狂騒劇が、楽天モバイルの「0円プラン」廃止で、わずか1年余で幕を下ろした。
公共料金から食料品に至るまで値上げラッシュが続く中、値下げの優等生だった携帯電話にも「値上げ」の波が及んできた。菅義偉・前政権が看板政策として推進した携帯電話料金の「官製値下げ」は、早くも限界を迎えている。
「安さ」を売りに急伸した楽天モバイルが、顧客獲得の目玉に据えてきた「データ通信の利用量1ギガバイト(GB)以下は0円」の超お得プランを6月いっぱいで廃止し、7月から月額1078円(税込み、以下同))を徴収することになった。3人に1人といわれる「0円プラン」の利用者にとっては、明らかな「値上げ」である。
楽天グループのモバイル事業は、2021年12月期の通期決算で4200億円の赤字を計上。22年1~3月期決算も1350億円の赤字で四半期としては過去最悪を記録した。三木谷浩史会長兼社長が「0円でずっと使われても困っちゃうのが、ぶっちゃけな話」と公言したのは本音だろう。利益度外視の料金引き下げには無理があったのだ。
「官製値下げ」で、確かに携帯電話の料金は下がり、利用者からは歓迎された。
21年春、NTTドコモは「ahamo(アハモ)」KDDI(au)は「povo(ポヴォ)」、ソフトバンクは「LINEMO(ラインモ)」の名称で、データ通信20GBで月額3000円を切るプランを相次いでスタートさせた。
21年度の全国消費者物価指数をみると、携帯電話料金は前年度比47.1%減と大幅に下落。世界の主要6都市の比較でも、データ通信20GBの料金水準は、20年は東京がもっとも高かったが、22年にはロンドンやパリに次ぐ3番目の安さとなった。
だが、一方で、「官製値下げ」は通信会社の収益を直撃、各社の22年3月期の通期決算は、値下げが大きな減収要因となった。NTTドコモは売上高が2700億円押し下げられ、KDDIは営業利益で872億円、ソフトバンクも770億円が吹き飛んだという。
それ以上に深刻なのは、楽天モバイルや格安スマホ各社で、大手3社が激安プランを導入したために低価格の優位性が崩れ、厳しい闘いを強いられている。
競争政策が進む中では、携帯電話の料金は本来、民間企業である通信会社が自由に設定するもので、政府が介入して半ば強制的に下げさせることには疑義がある。世界を見渡しても、政府が料金設定に介入するケースはまれという。
有無を言わせぬ「官製値下げ」は、値下げ競争を激化させるあまり、携帯電話市場活性化の起爆剤と期待した楽天モバイルや格安スマホ各社を窮地に追い込み、結果として大手3社による寡占の固定化を促しつつある。競争政策の理念からすれば、本末転倒も甚だしい。
楽天モバイルの「値上げ」は、行き過ぎた値下げ競争の反動であり、「官製値下げ」のひずみが露見したともいえる。
寡占市場が復活すれば、したたかな大手3社は、落ち込んだ収益を回復させるために、あの手この手の増収策を探ることになろう。「官製値下げ」のツケは、やがて利用者に回ってくるかもしれない。
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