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アーカイブ 月刊ニューメディア 2023年1月号 水野 泰志
Mizuno's EYE メディア激動研究所代表・水野泰志
NHKは、2023年10月に受信料を大幅値下げすることになった。「何でもかんでも値上げ」に苦しむ国民にとっては朗報といえるだろう。だが、今回の値下げは、NHKの意思というより、政府・自民党の“圧力”に屈した結果といえ、政治に翻弄される「公共メディア」の実態を浮き彫りにした。1月の任期満了とともに退陣の意向を表明している前田晃伸会長の“置き土産”は、NHKの今後に重くのしかかる。
新たな受信料は、地上放送と衛星放送を視聴できる世帯が対象の「衛星契約」が月額2170円(口座振替・クレジット払いの場合)から1950円に、地上放送だけを視聴できる世帯の「地上契約」は1225円(同)が1100円になる。いずれも10%超という過去に例をみない下げ幅だ。
4155万件(22年3月末)の契約数のうち、「衛星」と「地上」はおおむね半々なので、ほぼすべての契約世帯が値下げの対象になる。
まず、NHKが20年8月に公表した21~23年度中期経営計画(案)では、「受信料は据え置く」と明記した。
ところが、菅義偉首相が施政方針演説で「月額で1割を超える思い切った受信料の引き下げ」を宣言。21年1月に決定した中期経営計画は、一転して「23年度中の値下げ」の文言が盛り込まれた。
ただ、NHKは、値下げは「衛星」のみで、「地上」は据え置く考えだった。
しかし、10月に中期経営計画の修正案を決める直前になって、自民党サイドから強烈な“圧力”がかかった。
来春の統一地方選挙をにらんで「NHKの受信料を大幅に値下げさせた」と喧伝したい自民党にしてみれば、「衛星」の値下げだけでは、契約世帯の半分しか恩恵を受けられず、いかにも中途半端。原資となる剰余金に余裕があるだけに、「地上」も「衛星」と同様に値下げをするよう、迫ったのだ。
菅・前首相を先頭に、武田良太・元総務相や佐藤勉・元総務相ら歴代総務相が口をそろえて「剰余金を国民に還元すべきだ」と大合唱。監督官庁である総務省も政府の公約実現を求めた。
土壇場での政府・自民党が一体となった大攻勢に、NHKは拒み切れず、ついに「地上」の値下げを受け入れ、中期経営計画をあらためて修正して経営委員会に提出した。
原資には、2231億円(21年3月末)の剰余金を充てるが、当初予定していた700億円は1500億円に倍増してしまった。
値下げで、23年度は450億円程度の減収となり、収支均衡が見込めるのは27年度になってからという。
時あたかも、NHKのネット業務を放送と同様の「本来業務」に格上げし「ネット受信料」を導入する議論が本格化したばかり。「ネットの本来業務化」というNHKの野望を「人質」にとられたようにも映る。
NHKが、自民党の顔色をうかがい、政権の腹の内を忖度してきたのは、今に始まったことではない。
みずほフィナンシャルグループを率いた前田会長だが、NHKに転じて、政治と距離を取り報道機関としての矜持を保てたかどうか。後事を託される次期会長は、政治との距離感に加えて、収入の大幅な落ち込みという難題を抱えることになりそうだ。
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