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アーカイブ 月刊ニューメディア 2023年3月号 水野 泰志
Mizuno's EYE メディア激動研究所代表・水野泰志
稲葉延雄会長が率いるNHKの新体制が船出した。NHKトップの外部起用は6代連続で、稲葉会長は日銀理事やリコー取締役会議長を務めてきた。だが、メディア環境が激変する中、「公共放送」からネット時代にふさわしい「公共メディア」への脱皮というNHK創業以来の歴史的転換期のかじ取りを、メディアとはほとんど無縁だった人物に任せられるだろうか。NHK改革をめぐる論点は多々あるが、国民のための報道機関であるかどうかが最大の焦点であることを肝に銘じておきたい。
NHK会長をめぐる人選は、いつも政治性を帯びる。今回も水面下で、岸田文雄首相と菅義偉前首相との間で綱引きがあったとか、岸田首相のいとこの宮沢洋一・自民党税調会長が動いたとか、さまざまな憶測が流れた。実際、最終決定の直前まで、朝田照男・元丸紅社長が有力視されていたが、土壇場で官邸サイドが巻き返して、稲葉氏に決まったともいわれる。
経営委員会の森下俊三委員長(元NTT西日本社長)は「自主性・自律性が必要とされる日銀で長年、日本経済の発展に貢献した」と人選の理由を説明したが、自主性や自律性はどんな組織でも最低限備えていなければならない条件で、NHK会長に求められる適格事由として十分とはいえない。
政界や経済界の思惑が入り乱れて誕生した外様の会長は、5代とも1期3年で退陣した。かつて、ある総務相経験者が「外部からやってきて公共放送の使命を完全に理解するのには時間がかかる。外から来て、急いで勉強するのは難しい」と喝破したように、伏魔殿とも揶揄されるNHKに単身で乗り込んでも実績を得ることは容易ではなく、「お飾り」と嘲笑されても仕方がない。
いずれの経緯があるにせよ、稲葉氏は会長に就任した以上、、国民注視の中で、国民の共有財産であるNHKの歴史を刻むことになる。だが、このタイミングで就任する会長は、歴代のトップと違って通り一遍の覚悟ではすまされないはずだ。
ひとくちにNHK改革というけれど、営利を追求する一般の民間企業とは「改革」の意味合いが決定的に異なる。国民の「特殊な負担金」である受信料を主財源とする特殊法人であるNHKの経営は、収入源を求めて奔走する必要がなく、支出を適正にコントロールすることに重点が置かれる。一般的な企業経営の概念とは程遠いため、経済人の経験が活かされるとは言い難い。
なにより、NHK改革の本丸は、報道機関としての使命をまっとうすることにある。放送法の1条には「健全な民主主義の発達に資するようにすること」と、しっかりと明記されているのだ。
総務省の有識者会議は、今夏にも「ネット事業」を「放送」と同じ本来業務と位置づけ、「公共放送」から「公共メディア」への転換を認める方向で議論を進めている。しかし、真に「公共メディア」となるためには、NHK自らが、その具体像を示すことが求められている。
たとえば、ネット時代に引き続き「公民二元体制」を維持しようとするなら、民業とバッティングするドラマやバラエティなどの娯楽部門は廃止あるいは分割民営化し、「公共メディア」にふさわしい報道部門や教育部門だけを残せばいいのではないか、という議論も真剣に検討されるべきだろう。
はたして、稲葉・NHKが、かつてない大胆な改革を進め、「公共メディア」に変身できるかどうか。期待よりも不安が先に走る。
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