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アーカイブ 月刊ニューメディア 2023年11月号 水野 泰志
Mizuno's EYE メディア激動研究所代表・水野泰志
NHKのネット事業が「放送」と同じ「必須(本来)業務」に位置づけられることになった。70余年の歴史の中で創業以来の歴史的転換点となろう。総務省の有識者会議が8月末にとりまとめた提言を受け、2024年の通常国会で放送法が改正されれば、NHKは名実ともに「公共放送」から「公共メディア」に変身する。だが、政権寄り体質やガバナンスの機能不全が問われ続けており、はたして「公共メディア」としての使命を全うできるかどうか、疑念は尽きない。
NHKにとって、ネット事業を「放送の補完業務」から「放送と同格の必須業務」に格上げすることは、長年の「悲願」だった。メディアやコミュニケーションの主舞台が「ネット」に移行し、オールドメディアの仲間である新聞や民放が自在にネットへのシフトを強める中、NHKだけが「放送」という放送法の旧来の枠組みに縛られていたからだ。このため、NHKは早くから、ネットの必須業務化に向けて着々と布石を打ち、同時配信のNHKプラスもスタート、水面下では永田町や霞が関の応援団づくりに腐心してきた。
ようやく大望が実現する運びとなったが、実は2022年秋に総務省が有識者会議を発足させた時点で、今回の結論は予想されていた。有識者会議を活用して政策の方向性を打ち出す手法は役所の常套手段であり、自民党も事実上容認していた。したがって、有識者会議の議論のテーマは「必須業務化の是非」ではなく、「必須業務化のための条件整備」だったといっていい。
提言は、ネット配信の範囲について「放送番組と同一のもの」と規定、現在提供している無料の文字ニュースなどは「廃止されるべき」とした。つまり、視聴者は、NHKの「番組」を、電波でも通信ネットワークでも「伝送路」を選ばず、テレビでもスマートフォンやパソコンでもさまざまな「端末」で見られる、という図式になる。
これは、2000年代初頭から唱えられてきた「放送と通信の融合」の究極の実践にほかならない。その意味では、必須業務化は、歴史の必然だということもできる。
「ネット」の必須業務化で重要なポイントは、「放送」と同様に「全国あまねく放送番組を提供しなければならない」ことだ。言い換えれば、ネットを利用できる環境にある人は誰でも、NHKの番組を見ることができなければならない。国内の通信インフラは通信事業者によっておおむね整っているが、全国津々浦々となると、いささか心もとない。
何より、著作権問題で、スポーツ番組を中心に、「放送」で視聴できても「ネット」では見られないケースが少なくない。「ネット受信料」の創設が提言に盛り込まれたが、視聴できる番組が「放送」と「ネット」で異なるようでは不満が出るのは避けられそうにない。
そして、もっとも注目されなければならないのは「公共メディア」としてのあり方だ。
ネット空間にはフェイクニュースが飛び交い、フィルターバブルやエコーチェンバーを形づくる歪んだ情報があふれている。それだけに、正確で公正で健全な情報を国民に届け、権力と対峙するジャーナリズムとして「公共メディア」の重要性を増す一方だ。
しかし、NHKは常に政権との近さが番組に影響していると不信感を抱かれ続けている。また、経営委員会のトップは放送法が禁じる番組への介入を事実上主導しながら居座り続け、前会長は認められていないBS番組のネット配信の予算を決裁するなど、ガバナンスの機能不全を露呈している。徹底した見直しが必要だろう。
「形だけの公共メディア」ではなく「真の公共メディア」に脱皮できなければ、「みなさまのNHK」は国民の支持は得られない。
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