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アーカイブ 月刊ニューメディア 2024年1月号 水野 泰志
Mizuno's EYE メディア激動研究所代表・水野泰志
NTT法(日本電信電話株式会社法)の見直しがにわかに熱を帯びている。通信自由化からまもなく40年、NTTの分離・分割からやがて四半世紀。その間に通信市場は激変し、NTTを取り巻く環境も様変わりした。固定電話の全盛期にできた法律が時代に合わなくなっているのは確かで、ネット時代にふさわしいNTTを再定義することは喫緊の課題だろう。だが、今回の議論のきっかけは、防衛費増額の財源に政府が保有するNTT株の売却益を充てようという着想だ。情報通信行政とは無縁の防衛増税問題で、通信業界が振り回されている現状は本末転倒というしかない。
NTT法は、日本電信電話公社(電電公社)の民営化に当たって、1984年に制定、さらにNTT再編に向けて1997年に大幅改正され、NTTグループを統括する持ち株会社と東西の地域会社を特殊会社として規定、事業活動に一定の制約を課し、現在に至っている。
この間、NTT改革はたびたび話題にはなったものの本格化することはなかった。ところが今夏、自民党が防衛費の財源確保策を模索する最中に、突如としてNTT株の売却案が浮上。政府は、向こう5年間で防衛費の総額を約43兆円にまで大幅増額し財源として増税を断行する方針だが、高まる国民の反発をかわそうと目をつけたのがNTT株だった。政府が保有するNTT株は約5兆円相当で、売却が実現すれば重要な財源となりうる。
NTT法改正に向けて前のめりになる自民党に急かされるかのように、総務省も8月に情報通信審議会にNTT法の見直しを諮問、通信業界がざわつき始めた。
「渡りに船」とばかり、NTTの島田明社長は10月、「NTT法の役割はおおむね完遂した。不要になる」と初めて廃止に言及、完全民営化まで視野に入れて一気に踏み込んだ。「ユニバーサルサービス」を義務づけられている固定電話事業は加入者がピーク時の2割にまで落ち込んで赤字が続き、研究開発成果(R&D)の開示義務も海外企業の協業を得られないため国際競争の妨げになっているという。通信業界の競争ルールは、NTT法によらず電気通信事業法に委ねればいいというのだ。
これに対し、ライバル各社は猛反発。「NTTグループの統合や一体化の抑止のためにNTT法は必要。イノベーションの停滞を招き国民の利益が損なわれる恐れがある」(KDDI・高橋誠社長)、「NTT法を廃止するなら、NTTが受け継いだ電柱などの公共資産はすべて国に返還するべき」(ソフトバンク・宮川潤一社長)、「NTT法撤廃は独占回帰につながる」(楽天モバイル・鈴木和洋共同CEO)と、こぞって廃止反対を表明。さらに、全国の通信事業者など約180社・団体の連名で、自民党と総務省に「廃止反対」の要望書を提出した。
「NTT×オール通信業界」の構図が鮮明になり、双方の対立はエスカレートする一方だ。行司役の総務省は抜本的改正には慎重といわれ、24年夏に有識者会議の報告書をとりまとめるスケジュールを描いているが、自民党の攻勢に耐えて落としどころを見出すのは容易ではなさそうだ。
今回のNTT法見直しは、あまりに筋が悪い。防衛費の財源問題に端を発し、情報通信市場の将来像を描く視点から出発していないことに大きな違和感を覚える。「国際競争力の強化」や「公正な競争環境の確保」などのテーマは後付けでしかなく、議論は生煮えになりかねい。
折しも、NHKのネット事業の必須業務化が確定し、放送と通信の融合が名実ともに実現する局面を迎えた。情報通信市場の歴史的転換期だけに、地に足のついた議論をすべきだろう。
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