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アーカイブ 月刊ニューメディア 2024年7月号 水野 泰志
Mizuno's EYE メディア激動研究所代表・水野泰志
巨大IT企業の規制に、日本もようやく重い腰を上げたようだ。アップルとグーグルが実質的に支配するスマートフォンのアプリ市場の競争を促進するために新しい法律を制定し、2025年中の施行をめざすことになった。もっとも、そこに見えるのは、先行する欧州や米国に置いていかれないように、必死ですそをつかもうとする幼子の姿だ。巨大ITと正面から闘う覚悟があるのか、本気でユーザーにメリットをもたらそうとしているのか、実効性が問われる。
新法は「スマホソフトウェア競争促進法」と名づけられ、スマートフォンのアプリストアや決済システムで他社の参入を妨害することを禁じ、違反すれば関連分野の国内売上高の最大20%を課徴金として科する。
最大の特徴は、独占禁止法が違反した行為を取り締まる「事後規制」であるのに対し、前もって禁止事項を定める「事前規制」を採用した点にある。具体的には、「基本ソフト(OS)」「アプリストア」「ブラウザー」「検索エンジン」を特定ソフトウェアと定義し、禁止事項や順守事項を列記している。
日本のスマホOS市場は、グーグル・アンドロイドとアップル・iOSが分け合い、アプリストアも「アップストア」と「グーグルプレイ」による寡占状態で、他のストアが入り込む余地はほとんどない。
このため、「アップストア」を利用するアプリ事業者は、言われるがままに「アップル税」とも呼ばれる売上高の最大30%もの手数料を払わねばならない。「グーグルプレイ」を利用する場合もほぼ同様だ。「デジタル小作人」と蔑まれる所以でもある。高額な手数料は、当然、消費者の利用料にハネ返る。
古谷一之・公取委員長は、アップルとグーグルに狙いを定め、「競争環境を整備できるようにしたい」と意気込んでいる。
デジタル社会の健全な発展のために巨大ITの規制強化は世界的な潮流で、遅ればせながら日本も加わることになる。
新法の手本となった「デジタル市場法(DMA)」は、巨大ITのビジネスモデル全体を規制しており、スマホのアプリ市場に限定した今回の新法とは比ぶべくもない。
EUの規制強化の背景には、デジタル市場を席巻する巨大ITのビジネス優先主義から、民主主義を守ろうとする使命感と危機感があるように見受けられる。放置しておけば、公正な取り引きが歪められ、「基本的人権」と位置づける個人データが濫用され、偽情報の拡散が進んでしまいかねないからだ。
個人データをメシの種にする巨大ITを念頭に、個人データを強烈に保護する「一般データ保護規則(GDPR)」を施行したのは2018年。2022年には、「DMA」とともに、違法コンテンツの排除や偽情報の拡散防止を義務付ける「デジタルサービス法(DSA)」も制定している。
おひざ元の米国でさえ、司法省が3月、グーグル、メタ(旧フェイスブック)、アマゾンに続いて、反トラスト法(独占禁止法)違反の疑いでアップルを提訴。「GAF」と全面対決する構図になった。
振り返って、日本は、というと、どうも腰が定まらない。新法では、アップルの反発を受け、アップルが自ら新参のアプリストアを品定めできる例外規定を設けてしまった。これでは、骨抜きになりかねない。
今後、デジタル規制を一段と進めることになろうが、EUのような包括的な法整備にはなお慎重に見える。もとより、米国のマネをできるはずもない。
巨大ITと伍すには、「なぜ規制をするのか」という日本独自の確固たる哲学が求められるのではないだろうか。
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