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アーカイブ 月刊ニューメディア 2024年11月号 水野 泰志
Mizuno's EYE メディア激動研究所代表・水野泰志
NHKのラジオ国際放送の中国語ニュースで、中国人の外部スタッフが「沖縄県の尖閣諸島は中国の領土」と発言する事件が起きた。日本政府の公的見解とは異なる内容が、生放送中のニュース番組の中で突然飛び出したのだ。まさに“電波テロ”である。稲葉延雄会長は「きわめて深刻な事態で、深くおわび申し上げる」と陳謝したが、事件発生の原因は国際放送をめぐるNHKの構造的な問題にある。抜本的改革をしなければ、同様の事件が再び起きかねない。
事件は、8月19日午後、ラジオ国際放送の生放送の中国語ニュース番組の中で起きた。
NHKによると、中国人男性(48歳)のスタッフが、靖国神社の石柱に落書きがあった事件のニュース原稿を中国語に翻訳して読み上げた後、突如として22秒にわたり、中国語で「釣魚島(尖閣諸島の中国名)と付属の島は古来より中国の領土です。NHKの歴史修正主義宣伝とプロフェッショナルではない業務に抗議します」。さらに英語で「南京大虐殺を忘れるな。慰安婦を忘れるな。彼女らは戦時の性奴隷だった。731部隊を忘れるな」など、原稿にはない発言をしたという。また、靖国神社の落書き事件のニュースも、日本語の原稿にはない文言を勝手に加えて放送していた。
驚いたNHKは直ちに、当人との業務委託契約を解除。稲葉延雄会長は22日、「国際番組基準に抵触するきわめて深刻な事態で、放送法で定められた担うべき責務を適切に果たせなかった」と謝罪。26日には、総合テレビで特別番組を編成。事件の経緯を説明してあらためて謝罪、尖閣諸島問題などについて日本政府の見解を伝えた。
9月10日には「公共放送NHKの存在意義を揺るがす極めて深刻な事態」とする調査報告書を公表し、担当理事が辞任した。
NHKの国際放送の番組づくりは、地上放送の総合テレビや衛星放送とは少し異なる。
国際番組基準は「わが国の重要な政策および国際問題に対する公的見解を正しく伝える」と規定し、報道番組については「ニュースは、事実を客観的に取り扱い,真実を伝える」「解説・論調は,、公正な批判と見解のもとに、わが国の立場を鮮明にする」と定めている。また、放送法では「国の重要な政策に係る事項」などについて、総務相が指定する事項の国際放送をNHKに求める仕組みがある。このため、2024年度は35億9000万円の交付金が税金から出ている。
受信料でまかなわれる国内向けの番組づくりとは、事情が異なるのだ。編集権はNHKにあるが、かつて菅義偉総務相が拉致問題を重点的に取り上げるよう命令したように、放送の自由と番組編集の自由が脅かされる懸念が付きまとう。
事件が起きた背景には、17言語におよぶ国際放送はチェックが効きにくいという指摘がある。ほとんど視聴されていないという実情から、現場のモチベーションは上がりにくく、スタッフも少なくて複数の目でチェックする体制が整っているとは言い難いようだ。視聴者が多い英語放送ならともかく、中国語放送となると、なおさらだろう。まして他の言語の放送となると、想像を超える。
当の中国人スタッフは、2002年から20年以上も中国語放送に従事していたそうなので、現場では「お任せ状態」になっていたのでないか。そうなると、今回の尖閣諸島事件だけでなく、過去にも不規則発言が続出していた可能性がある。動機は不明だが、当初NHKと直接業務委託契約を結んでいたのに、2018年からNHKの関連団体との契約に切り替わり、給与などの待遇面で不満を募らせていたという。
正規の職員ならともかく、コスト削減のために、外部の民間業者に委託すれば、さまざまな思想をもつ来歴不詳の外国人が登用されるリスクが高まる。
喫緊の再発防止策としては、生放送を止めてチェック後の録画放送に切り替えるとともに、すでに導入しているAIによるニュース読み上げを全面的に採用することを検討するという。だが、本質的には、「国際放送とはどうあるべきか」という、そもそも論に立ち返るところから始めねばならないのではないか。国際放送の在り方を考える契機にすべきだ。
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