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アーカイブ 月刊ニューメディア 2024年12月号 水野 泰志
Mizuno's EYE メディア激動研究所代表・水野泰志
総務省の有識者会議や自民党の調査会が、ネット上で流される偽情報の対策について相次いで提言を取りまとめた。欧州に比べ日本の偽情報対策は遅れていると言われていたが、ようやく政府・与党が本腰を入れ始めたようだ。偽情報の蔓延は、社会不安を高めるばかりでなく、石破茂政権が重視する防災や安全保障への重大な脅威にもなりかねない。だが、石破首相は所信表明では触れずじまい。実効性はもとより、本気度が問われている。
偽情報対策を加速させたきっかけは、1月の能登半島地震で偽の救助要請が拡散し現場を大混乱に陥いれたことだ。
これまで日本における取り組みは、メタ(旧フェイスブック)やX(旧ツィッター)など巨大SNS事業者の自主的な取り組みに委ねる緩い規制だったが、生成AIなどの新技術が次々に開発され、もはや事業者任せでは安心安全な情報空間が期待できないとの認識が広がった。規制強化は世界的な流れで、欧州連合(EU)が2月、事業者に幅広い義務を課し制裁金も科すデジタルサービス法(DSA)を全面的に運用開始したことも方向転換を促した。
憲法学者はじめIT専門家や弁護士などのメンバーによる総務省の有識者会議「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会」は、23年11月の設置以降、毎週のように集う異例のスピード審議で、初めてともいえる偽情報に関する体系的な論点整理を行った。内容は多岐にわたり、具体的な対策も列挙したことから、提言は300ページを超える長大文書となった。
最大のポイントは、偽情報の拡散を防止するため、事業者に違法な投稿の削除やアカウント停止など速やかな対応を促す制度の整備に踏み込んだ点で、行政が関与を強めることを求めた。もっとも、違反した事業者に罰則を設けるまでには至らなかっただけに、物足りなさが残る。
自民党の情報通信戦略調査会も、「表現の自由の基盤を確保して健全な民主主義を守る観点」に加えて「経済安全保障や情報安全保障の観点」から、ネット上の偽情報に強力な対策を取るよう強調。外国からの偽情報によって世論操作がなされたと疑われる事例をチェックし、投稿者の発信国を表示させる仕組みを検討するよう要求した。
偽情報の脅威に対する行政の関与と国民のリスク対応力
ここで、またも問題となったのが、表現の自由との兼ね合いだ。
ネットの言論空間で、政府が情報のハンドリングに主導的に関わると事実上の「検閲」になりかねないとの懸念がつきまとう。言論空間を萎縮させる規制であってはならないことは、論を待たない。このため、提言は、ファクトチェックの重要性を説き、「推進主体は政府からの独立性が確保されるべき」との考えを示した。
とはいえ、目の前に氾濫する偽情報の脅威を傍観しているわけにはいかないし、規制強化の国際的な潮流に取り残されることがあってはならない。公共の利益を害することは許されないと肝に銘じるべきだろう。
日本では、欧米のように、社会全体が決定的影響を受けるような偽情報の洗礼に遭遇していないせいか、偽情報に対する感度が鈍いとされる。「国内外における偽・誤情報に関する意識2023年版」(みずほリサーチ&テクノロジーズ)によると、「正しいかどうかわからない情報」について「情報の真偽を調べた」人の割合は、米国50%、フランス44%、英国38%、韓国28%に対し、日本は26%と最下位だった。偽情報でもなんとなく鵜呑みにする傾向が強いのである。それはだまされやすいとうことでもあり、巧妙な情報操作にあえば社会全体が容易に誤った方向に行きかねないリス久をはらんでいる。
石破政権まで、偽情報に対する感度が鈍いようでは不安が募る。情報の真偽を判別する技術の研究開発のために総務省が計上した25年度概算要求は20億円に過ぎない。偽情報を軽視してはならない。社会的影響の大きさに留意し、総務省や自民党の提言の実効性をどのように担保するか、早急な対応が求められる。
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