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アーカイブ 月刊ニューメディア 2025年1月号 水野 泰志
Mizuno's EYE メディア激動研究所代表・水野泰志
先月号に続いて、偽情報について取り上げる。10月の衆院選でも11月の米国の大統領選でも、SNSを中心に、生成AIなどを用いた偽情報が跋扈し、懸念していた通りの展開になった。偽情報の蔓延を防ぐためにさまざまな手立てが講じられたが、有効な対策とはならず、事実上野放し状態のまま、選挙戦は幕を閉じた。誤った情報に基づいて有権者が投票すれば、民意は適切に反映されず、民主主義の根幹が揺らぎかねない。
「石破茂首相が『裏金議員が気にいらないというのであれば、自民党に投票しなければいいのではないか』と発言した」。衆院選で最大の焦点となった自民党の裏金問題で、就任間もない石破首相が開き直ったかのような不遜な態度を示した投稿が拡散、自民党への逆風となった。
特定の候補者への攻撃も目立った。ある自民党候補は「○○は二重国籍だ。中国のスパイに違いない」とバッシングを受けた。何者かになりすまされた野党の候補者が「小学生への性行為を容認する」旨を書き込んだ投稿の画像も出回った。
いずれも、後に、日本ファクトチェックセンター(JFC)の調査などにより、偽情報と判定された。
だが、どの陣営も、短期決戦の選挙戦の中で「いちいち反論していられない」と嘆くほかはなかった。結局、自民党と公明党の与党が過半数を大きく割り込む敗北を喫することになった。
米国の大統領選は、偽情報の質も量も日本の比ではなかった。
とりわけ、民主党候補のハリス副大統領が標的にされた。「ハリス氏は共産主義者」を印象付けようとする偽画像が出回ったが、拡散した中心には対立するトランプ前大統領がいて、その投稿の閲覧数は800万回を超えたという。過去にひき逃げ事故を起こしたとする偽動画も流れ、窮地に追い込まれた。副大統領候補のウォルズ氏には、性暴力を受けたと告発する偽動画が投稿され、540万回も見られたという。
また、「移民がペットを食べている」というトランプ氏の虚偽発言は、移民に寛容な民主党を直撃した。
米当局は、社会の分断を狙ったロシアなど外国の介入を確認。結果は、ロシアの思惑通り、ウクライナ支援に消極的なトランプ氏が返り咲きを果たした。
日米ともに、偽情報がどれほど選挙の結果に影響を与えたかは定かではないが、偽情報に翻弄されたことは確かだろう。
政府も手をこまねいていたわけではない。総務省は衆院選を前に、SNSを運営するメタ(旧フェイスブック)やX(旧ツィッター)などIT大手14社に、初めて選挙に関する偽情報対策を要請した。米国では、約20州が、生成AIなどで作成した選挙関連の偽情報を取り締まる法律を制定、罰則まで定めた州もあった。
これまでの選挙戦の苦い経験を踏まえ、可能な限りの方策が試みられたわけだが、それでも効果的な防止策とはならなかった。偽情報対策は、表現の自由とも絡んで、規制を強化しにくいという面が否めないからだ。
もっとも、偽情報の悪影響は、選挙に限らず社会生活全般におよぶ。総務省は、新たに有識者会議を立ち上げ、新しい規制策の検討に入った。メディア界も、ネット上の記事や情報に発信者を明示する「オリジネーター・プロファイル(OP)」という技術の早期実用化を目指している。また、富士通と大学や研究所の9者は、ネット上の情報の真偽を見抜くシステムを構築する産学共同のプロジェクトをスタートさせた。
健全で安心安全な社会の確立に向けて、偽情報対策は喫緊の課題であることを、だれもが認識したい。
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