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アーカイブ 月刊ニューメディア 2025年3月号 水野 泰志
Mizuno's EYE メディア激動研究所代表・水野泰志
放送100年の節目に、NHKの最高意思決定機関である経営委員会の存在意義が問われている。NHKにとって歴史的転換となるネット事業の必須業務化を組み込んだ中期経営計画(2024~26年度)の修正案を、経営委は視聴者などから寄せられた要望や意見に耳を傾けることなく、執行部の意のままにあっさり議決してしまった。また、2018年に起きたかんぽ報道問題では、「断罪」されたにもかかわらず、経営委トップが「問題なし」と居直った。「みなさまのNHK」の看板は、経営委の面々には見えていないようだ。
10月からネット事業が放送と同じ必須業務になることを受けて、執行部は修正案の中で、テレビを持たずにネット配信のみを利用する場合のネット受信料について地上契約と同額の月1100円に設定した。それは、すべての放送番組をネットでも同じ内容が見られることを前提としている。
しかし、現行のネット配信「NHKプラス」を見ている人なら承知していることだが、放送で視聴できても、著作権問題などからネット配信では見られない番組は少なくない。春と夏の高校野球が典型例で、ニュースでさえ「この映像は配信しておりません」といういわゆる「フタかぶせ」がしばしば起きる。にもかかわらず、放送と同額の受信料を徴収しようというのだ。また、衛星放送のネット配信は先送りになり、大リーグの大谷翔平選手はじめ日本人選手の活躍は当分、見られそうにない。ネット視聴者にとっては、このうえないストレスといえる。
修正案の意見募集では、問題山積のネット事業やネット受信料をめぐって視聴者などから323件もの意見が寄せられたが、経営委は実質的に「ゼロ回答」。精査もそこそこに執行部の修正案を唯々諾々と受け入れる姿は、怠慢と映っても仕方がなく、ネット視聴者をないがしろにしていると言っても過言ではない。
経営委の危うさは、12月に決着したかんぽ生命保険の不正販売報道問題でも露わになった。
経緯はこうだ。18年4月に放送された「クローズアップ現代+」をめぐって、日本郵政グループがNHKに抗議。森下俊三委員長代行(当時、元NTT西日本社長)が「取材はきわめて稚拙」と批判し、経営委は上田良一会長(当時)を「ガバナンス強化」の名目で厳重注意した。
放送法は、経営委員の番組への介入を禁じ、経営委に議事録の作成と公表を義務づけているが、森下氏は介入を否定し、厳重注意に至った議事録の公開も拒否した。
そこで、市民ら100余人がNHKと経営委員長になった森下氏を相手取って議事録の開示などを求める訴訟を起こし、東京地裁は24年2月、議事録の開示と森下氏に賠償を命じた。NHK側は控訴したが、事実上の「NHK全面敗訴」となる和解が成立した。
公開された議事録を読めば、だれの目にも経営委の番組介入は明らかで、日本郵政グループの圧力を受けての横やりだったことは容易に想像がつく。経営委は、視聴者の代表として外圧をはね返す防波堤としての役割が求められるが、真逆の対応だった。主導した森下氏は、晩節を汚してしまった。
問題は、それだけにとどまらない。和解を受けて感想を求められた古賀信行委員長(元野村ホールディングス会長)が「私は、番組に介入したという感じはほとんど受けていない」と言ってのけたのだ。就任当初、「しっかり事実関係も確認したうえで自分なりの考え方ができていく」と語っていたが、導き出した答えは、いかに市民感覚とずれていることか。森下氏の愚行の教訓は、まったく活かされていないようだ。
公共の福祉という放送法の核心を理解しようとせず、「番組介入」の本質がわかっていない人物が経営委員長の座を占め続けることは、視聴者にとっても、NHKにとっても、不幸と言わざるを得ない。
名誉職とも言われてきた経営委員だが、経営委の抜本改革に着手しない限り、NHKの明日に期待はできそうにない。
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