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アーカイブ 西日本新聞社編 書評 2025/05/12 豊田 滋通
古墳との対話 「天岩戸」は開き始めたのか 加藤一郎著(早稲田新書)
宮内庁で天皇陵などの陵墓を調査する担当官が書いた古墳研究の本である。全国に460箇所ある陵墓は、学者でも立ち入りが許されない「聖域」。となれば、陵墓について何が語られるのかという一点に関心が向かうが…。
著者の狙いは、古墳時代の出土品の分析をもとに「国家のなりたち」を探求すること。新型コロナやロシアのウクライナ侵攻など「国家のありようが問われる現代」だからこそ、過去を知り未来を考えることが重要と説く。
主たる分析の対象としたのは、円筒埴輪と倭鏡。いずれも「古墳時代を通じて使用された数少ない器物」というのが理由。人物や動物などの形象埴輪でなく、古墳の墳丘に立ち並ぶ地味な円筒埴輪を題材にしたところがユニーク。倭鏡とは、日本列島で製作された青銅鏡である。
長年の研究体験をもとに、円筒埴輪の形式の変遷や分類に関する考察は精緻を極め、独自の編年表も掲載する。特に古墳時代中期の円筒埴輪の直径や表面の突帯による「段」構成の基準が、倭王の代替わりごとに列島規模で変化した点に注目。「倭の五王」の登場と権力集中で巨大古墳が築造された古墳時代中期について、円筒埴輪からは逆に「不安定な時代の様相」が見えるという。
倭鏡については研究史をひもときながら、前期倭鏡は中国鏡からの模倣か派生した鏡▽中期倭鏡は生産量が縮小▽後期倭鏡の生産は古墳時代終末まで続かず六世紀中ごろの欽明朝で終わった―など時代ごとの特徴を分析。身分秩序を具現化するための鏡の授受が終焉したのは「部民や氏姓制などの制度機構の整備が進み、器物授受に取って代わったため」と主張する。
さらに、弥生時代の文字使用で注目される板石硯について「貿易に使う記号のようなもの」を書いたのではという指摘や「三角縁神獣鏡はすべて中国製」「古墳時代前期と中期は祖先崇拝意識が希薄」などの見解も注目。最終章の「古墳時代と江戸時代の類似性」も興味深い視点である。
昨秋、大阪・堺市で開かれた全国古墳サミットで著者の講演を聞いた。テーマは、世界遺産の仁徳天皇陵古墳周堤の調査結果。固く閉ざされてきた「天岩戸」が、少しずつ開き始めたのかも知れないと感じた。
【著者略歴】かとう・いちろう=埼玉県生まれ。宮内庁書陵部陵墓課陵墓調査室主任研究員。早稲田大学非常勤講師。専門は古墳時代。著書に『古墳時代後期倭鏡考―雄略期から継体朝の鏡生産』(六一書房、2020年)『倭王権の考古学―古墳出土品にみる社会変化』(早稲田大学出版部、2021年)など。
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