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    アーカイブ 先人の知恵・他山の石 IT業界 2022/10/11 内海 善雄
    第6回日本政府の対応はどうだったのか October 11 2022
    音頭を取るべき時にとれない 
     前回、アフリカ・テレコムに日本企業が一社も参加しなかったことを挙げたが、もし、日本政府が音頭を取れば、渋々ながらも日本企業は参加したと考えられる。なぜなら、従来から日本は、ITUテレコムに関して郵政省が中心となってテーマや規模を調整し、また、要人の訪問団も結成していたからである。参加企業共通の「日本パビリオン」を建設、大手企業は、さらに独自のパビリオンやスタンドを建設して、世界でも最大の規模で参加していた。一社も参加しなかったことは、関係企業や政府が調整して、そのような申し合わせをしたのだろう。
     同じことが、ヨーロッパ地域の地デジを割り当てたRRCへの参加についても言える。世界全体の電波割り当てを行う世界無線会議(WRC)へは、日本政府が米国に次ぐ大代表団を結成して代表を送り込む。企業の関係者は、政府参与として人事発令をして政府の一員という資格を与えるのである。政府レベルの条約制定会議であるWRCやRRCは、政府が動かない限り民間の参加はむつかしい。
     ITUが作った大きなビジネス・チャンスに日本企業の参加が見られなかったのは、企業も政府も関心がなく、音頭を取る者がいなかった、そして、参加しないことを暗黙裡に確認しあい、抜け駆けをしないようにしたとしか言いようがない。ここで注目すべきことは、アフリカ・テレコムやRRCはいずれも、従来からジュネーブで開催されてきた世界テレコムや世界全体の電波割り当てを行う通常のWRCとは異なる新しいイベントや会議だったということである。何十年も続いてきた行事には、何の疑問もはさまずに国を挙げて積極的に参加しても、新しいものには手を出さないのである。
     この保守的で、リスクは全くとらないという姿勢は、日本全体、いたるところで見られるが、特に政府関係では顕著である。その姿勢は、企業のビジネス活動にも大きく影響していると思う。アルジェリアで経験したことを挙げよう。
    アルジェリアでの経験
     北アフリカの票を獲得すべくモロッコ、チュニジア、エジプトを訪問して、好反応を得た。アルジェリアは、ITU活動に積極的だった国なので、是非訪問して票を固めたかった。訪問を計画したが、日本の現地大使館に2度にわたり、「治安が悪いから来るな」と断られ、果たせなかった。
     当選後、アルジェリア政府(通信省)から10年ぶりに開催する会議への参加を要請された。アルカイダによるNYツインタワー爆破の2週間後で、国連機関、政府、民間すべてが海外出張を控えている最悪の時期だった。私は、約束通り、他に搭乗者がいない飛行機でアルジェへ行った。アルジェリア政府は大変喜び、昼食会や晩さん会を開催して大歓迎をしてくれた。アルジェリア政府によると「日本大使館は無礼だ。昼食会に招待したところ招待状がないといって断られ、それならと夕食会に招待状を持参した。ところが返事もよこさない。長年、日本のN社を入れていたが、もう止める。」とかんかんに怒っていた。おそらく、テロを恐れて不要不急の外出を控えていたのだろう。
     3年後、再度アルジェリアを訪問する機会があり、総理大臣にお会いして再選のお願いをしたところ、即答で快諾を得た。
     その数年後の2013年、アルジェリア人質事件が起き、日揮の職員10名が犠牲となる痛ましいことが起きた。日揮もアルジェリアのようなリスクの高い国の事業に参加しなければこのような悲劇も起きなかっただろう。しかし、犠牲になったのは、フランス、イギリス、米国、アイルランド等の方々もいて、日本人だけではない。
     思い起こされるのは、アフガン政府の崩壊の際、日本大使館員は、在留邦人や現地雇用職員を放置して、いの一番で逃避したこと、また、ウクライナでも、日本が一番遅く大使館の再開をしたことなど、各国と比較して際立って安全が最重点となり、いろいろなチャンスを逃がしていることである。もちろん人命は何よりも大事だが、リスクをゼロにすれば、国際競争には絶対に勝てないだろう。
    菅大臣の英断に、残念ながら応えられない
     2008年、総務省に「情報通信国際戦略局」が設置された。役所の部局の名称で「戦略」がつくのは異例である。菅総務大臣の強い指示で、国の組織をつかさどる担当局も例外を認めざるを得なかったらしい。しかし、この戦略局の設置は、日本企業の地盤沈下が急速に進み、何とかしなければ大変なことになることが認識され始めたその時、最も時宜を得たすばらし政治家の判断だったと思う。だが、「仏作っても魂入らず」の感が無きにしも非ずである。
     同じころ、総務省の日本の携帯電話を海外に普及させる方策を検討する委員会に呼ばれて意見を述べさせられる機会があった。違和感があったのは、委員たちがみな携帯電話を製造している日本企業の人ばかりであったことである。海外の事情を知らないものがいくら議論しても本当の解答は出ないだろうと思った。会議が終了したとき、海外企業との合弁を作っているS社の専門委員が近寄り、「海外の状況をいくら話しても全然聞いてくれない」と嘆いた。なぜ、海外の市場に詳しい人たち、また、売るほうだけではなく買う側の人も選ばないのか。どうも委員会の議論は、「円高で売れない。人件費が高くてコスト高。安物は作っても利益は上がらない。」などの巷にあふれている言い訳と、日本製技術に基づいた4Gの標準化の推進などに始終したようである。
     今から翻ると、ちょうどiPhone が出現し、アンドロイド・スマホが追従し始めた時期だったから、魅力的なスマホを設計し、中国や台湾の工場で生産させる体制を組むことが、日本企業が生き延びる道だったように思う。本来なら、多数のメーカーが乱立している状況を整理して規模の利益を確保すること、ユーザーが望むスマホを設計できる多彩な人材育成すること、既存工場を閉鎖して生産は中国などの企業に任せる抜本的なコストダウン方策の道を探ることなどの戦略を樹立し、業界や国は何ができるか、一言でいえば産業の構造改革を議論すべきだったと思う。後付けの理屈だといわれるかもしれないが、当時から世界を見ている者にとってはある程度はわかっていたことであった。ただ誰も公には言い出さなかったし、現実を冷静に見ようとしなかっただけのことであると思う。
    過去の成功体験から抜け出す必要
     海外戦戦略といえば「日本技術による世界標準化」という考えは、前述の異様な日本地デジ規格の海外普及の働きかけにも見られるように、日本製技術で標準化できれば世界を征することができた1980年代のファックスの成功体験が起因していると思う。ファックスはITUで日本が中心となってG3と呼ばれ国際標準化が行われた。そして、一気に世界中に普及し、日本企業が世界を征した。
     しかし、標準化は、技術の進歩でデジュール(ITUなどの会議で仕様を決定して標準化する)の時代からデファクト(事実上市場を征したものが世界標準となる)の時代に変わった。政府が音頭を取る標準化の時代は終わった。いちはやく市場で人気を得たものが勝つ時代になっているのである。ユーザーが欲しいと思う製品を作らない限りは、どんな高級な技術を使っても、あるいは政府が全力で応援しても、その技術が世界標準になることはもうない。
     グローバル時代に、日本が世界に伍して生きていくためには、政府の職員も、企業の職員も、視野を広くして、このような世界の新しい流れを知ることに尽きると思う。
    求められる視野の広い判断
     ビジネスの世界ではないが、安倍元総理の国葬についても、いかに視野を広くすることが大事か岸田首相は思い知ったと思う。永田町界隈では安倍氏は歴史上最長の政権を維持した超偉大な人物、そして海外からの弔問のメッセージも生半可ではなかった。それだけを見ていれば当然国葬に値するだろう。しかし、少し視野を広げると、また別の景色が見える。
     安倍氏は政権にいた8年間に一体何をしたのか? 国民から惜しまれながら辞めたのか、それとも辞職が喜ばれたのか? 海外からのメッセージは国際儀礼の範囲か、それとも安倍氏に特有のものだったのか? 日本国の国際的地位はどの程度か? これらのことが視野に入っていれば岸田首相も異なる判断をしていたに違いないと思う。
     ビジネスも同じではないか。日本全体が、自分の身の回りしか見ていないことが多く、また、たとえ広く世界を見ていても周りのものと同調した行動しかとろうとしない。これでは、社会の安定はあっても進歩はない。どの分野でも、いかに視野を広げて、他のものが気づいてないことをいち早く知り、他のものより優れた判断をするかが求められているのだと思う。コロナ・ウイールスよりも日本に蔓延している「付和雷同ウイールス」がよほど国を亡ぼすのではないかと思う。



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