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アーカイブ 先人の知恵・他山の石 IT業界 2023/03/08 内海 善雄
「どこのメーカーでもほぼ同じです。高いものは高機能。しかし使いこなせないから安いものでよいでしょう。数年前までは、韓国製が主でしたが、今は中国製ばかり。」
なぜ、日本はこのような状況に立ち至ったのか、真の理由を分析することはむつかしいが、私なりの考えを述べたい。
2007年、ジュネーブより帰国して、頻繁に聞いた言い訳は、「ガラパゴス化で、日本の携帯は海外で売れない」ということだった。ジュネーブでよく聞かされていた言い訳は、「世界標準を採用しなかったから売れなかった。」だった。この「ガラパゴス化」が当初ピンと来なかったので、その間の状況を述べたい。
当時、世界的に3Gのサービスが開始されていたが、ジュネーブでの普及はまだまだで、私の携帯もアメリカでも使用できるノキア製の2Gだった。このノキアの携帯は、クロム製の高級感漂うもので、世界中、日本以外の国でほぼ使用でき、国際的に活動する経営者やビジネスマンは、ステイタス・シンボルの一つとして、この携帯を持っていた。エリクソンも同じようなものを販売していたが、こちらはプラスチック製の実用的で一般向けのものだった。
3G規格を決めたITUでも、3Gの携帯を持っているものは身近にはいなかった。アップルがスマートフォンを発売していたことは聞いていたが、見たこともなく、日本では床屋の主人が使用経験を話すのでびっくりした。このように、帰国した時期は、国際都市ジュネーブでも3Gがやっとサービスを開始したばかりで普及は全くしてなく、スマートフォンも見ることさえむつかしい状況だったが、日本はかなり先を走っていたように思う。
帰国の直前、香港で開催したITUの大イベント「世界テレコム」で、中国政府がファーウエイ製の3G携帯を香港滞在中に使用できるようVIPに配った。私は、ノキアの携帯を持っていたので、ファーウエイは使用せずに持ち帰った。
日本へ帰国して一番にしたことは、電話加入である。日本では、住民票を見せて登録しないと電話が使用できない。住民登録をしてドコモショップに行き、手持ちの携帯電話が使えないか調べてもらうと、上記のファーウエイ製は、3Gでは使用できることがわかった。しかし、当時、新規加入の場合、端末料金が無料だったので当然、無料で2Gでも使用できる端末を頂いた。後で、日本製端末とファーウエイ端末を比較してみると、ファーウエイは日本語をはじめ多数の言語対応、もちろんGSMにも対応、カメラがあり、インターネッットにもつながる。日本端末に負けるところは、お財布携帯の機能ぐらいである。海外使用を考えると、むしろファーウエイが勝っているところが多いことになる。結果、海外に出張する際には、日本の端末からSIMカードを抜き、ファーウエイに刺して出かけることになった。
9年ぶりに帰国して感じたことは、ICTの面では「やっぱり日本は進んでいる」ということであった。ちなみに、ネット情報ではあるが、モルガン・スタンレーの調査報告によると、2008年現在、日本の3G普及率は84%、北米地域29%、欧州の25%となっていて、統計的にも証明されている。
しかるに、日本には安価なサムソンの端末があふれ、世界規模では、日本の端末の製造販売は数パーセントにもならない。ノキア、エリクソン、モトローラ、サムソンが世界を制していたのである。そのようになっている理由として盛んに言われていたのが「ガラパゴス化」であったが、私にはピンとこなかった。
「ガラパゴス化」とは、いったいどういう意味だろう。日本という特定の地域で、他の地域では必要としないような技術が進化して、他の地域では売り物にならないことを揶揄しているそうだが、日本の携帯は、本当にそうなのか? 前述のファーウエイの端末との比較の例を出すまでもなく、決して日本の携帯は特殊な技術をたくさん積みこんだ化け物のようなものではない。外国の高級端末と同じである。異なる点は、言語や、使用周波数、通信方式などの面で、日本だけでしか使えない単純な仕様であるということである。ならば、ガラパゴス化は不適切な表現である。日本は、諸外国と異なる通信方式を採用し、海外の端末は日本では使えないようにすると同時に、日本でしか使えない端末を販売する、強いて言うならば、「鎖国化」ではないだろうか。
そもそも日本には、日本製品を守るための鎖国化の意図はなかったと思う。しかし、NTTを核に開発した方式が高機能かつ効率的なものであると信じ、世界はこの高機能規格を採用すべしという独善的な判断のもと、日本規格を採用した。一方欧州では、各国共同でGSM規格を開発採用し、欧州やその周辺は欧州規格を採用した。いわばGSMが世界を征したわけである。一方、米国も唯我独尊、モトローラを中心に独自の規格を採用して、日本でも使用するよう強力な政治的圧力(日米貿易摩擦―MOSS協議)をかけてきて、日本政府は応じることになった。
2Gの時代は、この「鎖国化」状況は明快であったが、3Gになると世界標準を採用したので、まさに「開国」したのである。海外端末も日本で使用できるようになった。日本の端末も海外で使用できる。しかし、3Gネットワークが一気に普及したわけではなく、2Gネットワークにも依存せざるを得ない期間は長かった。したがって、やはり海外の2Gが使用できる端末でなければ、海外では売れない。
それでは、日本メーカーを引き離した世界のメーカー、ノキア、エリクソン、サムソン、ファーウエイ、モトローラなどは、世界中で使用できる端末を製造販売したのだろうか。私の現役時代、ヨーロッパとアメリカで使用できる端末は、前述のノキアとエリクソンの2機種しかなかった。どのメーカーも、特定の地域だけで通信できる端末しか製造販売してなかった。しかしながら、欧州、アフリカ、中東地域ではGSM端末、アメリカでは北米方式端末という簡単な仕分けでほぼ全世界をカバーできる。そして自国に限らず、世界中がマーケットの対象とすることが容易であった。
これらのメーカーは、鎖国状態の日本にも代表や販売拠点を置き、まだ郵政省の役人だった私にも積極的にアプローチしてきた。フランス・テレコムの若い駐在員は、「このような形で海外へ出ると兵役が免除される。」と言っていたので、同じような仕組みを持つヨーロッパの国もあるに違いない。
一方、日本メーカーがGSM端末や北米方式を製造して海外市場に挑んだという話は聞いたことがない。盛んに「ガラパゴス化」と叫ばれていたころ、日本と同じく独自規格の2Gであった韓国のサムソンは、GSM端末を引っ提げて世界市場に躍り出ていた。サムソンができて日本メーカーができなかったのはなぜだろうか?
そもそも意味不明の「ガラパゴス化」が理由ではないことは明らかである。また、世界標準(GSM)を採用しなかったのが真の理由とも言えない。なぜなら、韓国も世界標準ではなかったのだから。もちろん、仮に日本がGSMを採用していたと仮定するならば、海外進出に有利な立場に立っていたことは確かだ。しかし、GSMを作り、世界を制したノキアやエリクソンがサムソンに敗れ、そのサムソンがファーウエイに敗れ、今やファーウエイも米国連合の強力なバッシングの中で、新興中国企業に地位を脅かされている。どうも世界標準も決定的な要素ではなさそうである。
その大きな理由は、技術の飛躍的な発達により、通信方式の差異や周波数の違いは、端末で技術的に容易に解決ができるようになってきているからだと思う。加えて、現代のスマホの時代では、2Gのサービスも終了し、3G以降、標準化の差異の問題は事実上存在しなくなったからだ。
日本は、世界標準の決定を待ち、いち早くそれを採用して、世界に先駆けてサービスインした3Gであったが、劣勢を挽回することはできなかった。スイスより帰国した2007年、スイスではまだ3Gは普及してなかったが、日本では携帯といえば3Gが当たり前だった。しかし、この時すでに、世界市場で皆無の日本は、その理由を「ガラパゴス化」論や、世界標準を採用してなかった過去のことを問題にし、日本はダメだとの自虐論ばかりで、トップを走っている力を世界のマーケット開発に向けようという積極論は皆無に等しかった。
3Gの世界標準がまだ決定されてない1998~9年のころだと思うが、ドコモの幹部から「せっかく3Gサービスを世界で最初に開始しても、日本端末がない。売り出せるのはサムソン端末になる。」という話を聞いたことがある。暗に通信自由化政策の失敗を批判しているのではないかと思いながら拝聴した。NTT護送船団方式で技術開発を行っていた自由化前なら、このようなことは起きなかったはずである。自由化後、日本の技術開発力は目に見えて落ちた。10年遅れで自由化した欧州でも、日本に遅れること10年で、同じことが起きた。そして、韓国、中国が勢いを増した。
その後、ネットワークを3Gから4Gに漸次アップグレードする方法が議論されて、知らぬ間に44Gとなった。
そして、スマホの時代となり、ガラ携(3G)のサービス停止も目の前に来ている。世の中にあるのは今やほとんどが中国製の端末。たまに日本のメーカーの名前がついているものもあるが、中国製である。
もちろん端末は、携帯ネットワークのごく一部であるが、一般人に見える端末部分に日本メーカーの顔が見えないことは、やはり産業全体の衰退の象徴と映る。
時代はスマートフォンや大型のスマートパッドへと移り、時代遅れの携帯は、「ガラ携」と呼ばれ、いまだに「ガラパゴス」が象徴としてついている。しかし、その意味は「素晴らしかった過去の名品」と大変化しているのではないか。ある通信事業のトップが「スマホでできることは、すべて携帯でできる」と言って、スマホはあまり普及しないだろうと予測した。しかし、人間の欲望は、単に機能だけではなく、美しさや、他人からの注目、他人との同一化など複雑怪奇である点を見過ごしていたと思う。
さらに、皆が「ガラパゴス化」と叫んで言い訳をしているとき、「それは違う、ダメな理由は他にある」というのは、その業界からつま弾きにされるのとほぼ同じであっただろう。当初、ピンとこなかった「ガラパゴス化」もこのように解釈すれば、何とか理解できる。
技術力、資本力、先進性、規模、いずれの点を取っても優位であった日本が韓国に負けた理由は、「ガラパゴス化」でもなければ標準化でもない。その理由はもっと根深い国民性や経営者の力に起因するところが大であるように思う。
講演録「なぜICT分野で韓国に負けるのか」(別添)で詳しく述べているので参考にしていただきたい。帰国して間もない2007年9月の講演であるが、15年後の今読み返してみても、状況は、まったく変わってないと思う。
一方、「過剰品質が主因ではない 日本半導体が衰退した本当の理由」(日経クロステック田口眞男氏)は、上記のような精神論を避け、より冷静な日本企業の体質分析を行っているので、参考になる。
さて、その韓国勢が、中国に負けている。一般的に言われていることは、「モジュール化」である。ディジタル技術の発達により、IT製品を構成する各ユニットがモジュール化して、一個の部品のようになった。スマホの場合を例にとれば、基本となるCPUと液晶サイズを決め、使用地域を決めれば、それにあった送受信のモジュールや画像処理のモジュールが決まる。それらを組み立てればスマホが簡単に作れる。スマホ開発製造の要員は、万の単位から百や十の単位に激変する。さらに組立を専門に引き受けてくれる工場や、また、スマホの設計をもしてくれる設計業者も出現した。極端なことを言えば、資金を持った経営者一人で、スマホ・メーカーになれるほど、産業構造が変革してしまったのである。
このような技術革命は、もともとは半導体技術や微細な部品技術を持つ日本企業の技術が基盤となり、多くの研究者や技術者を抱え、バイタリティーのあったサムソンやファーウエイが推進したと思う。彼らはこのような技術革命を起こしながら、その革命の波にのまれて、シャオミなど新興中国企業に激しく追い上げられるという皮肉な結果となった。
いくら14億の民がいる中国といえども、自然発生的にこのような技術革命が起きたわけではない。その間の事情は、別添の朝日新聞吉岡桂子氏の「大言壮語と思っていたら 元ITUトップが語る中国のIT」を参照されたい。結論を一言でいえば、日本人は中国の技術開発力を侮りすぎていたということであろうか。
しかし、モジュール化のメリットは、新興中国企業だけに及ぶものではない。日本の伝統的な大企業も同様の大きなメリットを受ける。資本力や人材、販売網がそろっていた日本の大企業は、モジュラー化のメリットを最大限に生かせば、これらを持たないベンチャー企業に対して、極めて有利な立場にいたわけである。モジュラー化は、「モジュール化によって、新興企業もそれまで不可能だった市場に新規参入することが可能になった」と言うだけの意味しかない。
だが、どうしてやっと市場に参入できたこれらのベンチャーに伝統的な企業が太刀打ちできなかったのだろうか? 意思決定のスピードの違い、リスクの取り方の違い、経営効率の差など、ICT問題を超える経営学的諸問題が背景にあると言わざるを得まい。
日本企業が負けた真の理由は、世界標準を採用しなったことでもなければ、ガラパゴス化したためでもない。単純に、海外市場には一切出ようとしなかったからである。それはなぜか? 端末がコスト高で太刀打ちできなかったからだ。そして開国政策(世界標準の3G採用、また、それ以前に、すでに日米貿易摩擦という形で、米政府の圧力で米国方式を強制採用させられていた)を採ったとたんに、進出してきた海外企業に価格競争で負けて日本の市場からも撤退せざるを得ない状況になったのである。
鎖国状態の保護された市場で繁栄していた産業が、自由化によって壊滅的な打撃を受ける例は枚挙のいとまがない。いち早く産業構造を変革して立ち直った業界もあれば、衰退してしまった業界もある。ICT分野では、開業以来NTTに依存してきた体質を、通信の自由化で変革を迫られたが、不十分であった。そこへ、世界標準化の波、携帯電話からスマホへの波、そしてモジュール化の波と大津波が数次にわたって連続的にやってきて、壊滅状態になったのだと思う。そんな中、とても「日本製はコストが高くて商売はできない」とは言えないので、思いついた理由が、自分には責任のない「世界標準を取らなかったから」「(技術力が高すぎて)ガラパゴス化したから」という理由ではないだろうか。そんなことをまともに信じていたのでは、いつまでたっても勝機はつかめない。今、日本全体で起きているICT関連産業の衰退は、本当の理由に真摯に向かい合い、その問題を解決しなかったことに起因することが多いと思う。
10年ぐらい前になるが、ある大手通信機メーカーの社長に、「これから生きていく道は、部品(モジュールなども含む)に傾注することではないか」と尋ねたところ、「それでは従業員を食わせられない。ソルーション(ソフト)だ。」と応えた。今、その会社のホームページを見ると、個人向けにはICT機器を売るメーカーのように見えるが、法人向けには各種の問題解決のサービス業のように見える会社となっている。まさに「ソルーション」を売り物にしているようだ。
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