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アーカイブ やぶ睨み「ネット社会」論Ⅱ 2020/06/01 内海 善雄
ICT活用による接触者追跡と十分なPCR検査体制を(2020年6月1日 エルネオス6月号 掲載)
本誌が発刊される頃には、緊急事態宣言も解除され、休業要請や外出自粛も大幅に緩和されていることだろう。しかし、新型コロナウイルスは消滅したわけではなく、戦いは続く。
そもそも外出自粛などの行動制限は、ウイルスの保有者がどこにいるのか不明なため、人口の九割以上が非保有者だという事実を無視して無差別に人と人の接触を抑制するという恐ろしく非効率で、乱暴な防衛戦略である。その結果、経済活動が壊滅状態になり、コロナ被害を上回る損失が出ることにもなる。
最近行われている限定的な抗体検査では、抗体保持者数が予想外に大きく、感染者が発表の何十倍もいることが判明しつつある。新型コロナ感染症の致死率は、小数点以下の数字となり、それほど怖がる伝染病でもないことになりそうな気配である。
ならば、これからは何としても経済的な損失が甚大な全面的な休業措置や外出禁止措置などを取るべきではない。感染者や無症状の病原体保有者を特定し、彼らとの無意識の接触を防ぐことができれば、通常通りの自由な行動ができる。国の方針に反してPCR検査を広く行い、感染者を漏れなく特定して感染の拡大をくい止めた和歌山県の成功例を忘れてはならない。
しかし、これだけウイルスが蔓延した後の今日では、全国民にPCR検査をしない限り無症状の病原体保有者すべてを特定することは不可能である。だが、発病者と濃厚接触した者を完全に割り出すことができれば、必ずそこにはウイルス保有者がいる。そんな作業は、事実上不可能だが、前月の本誌でも紹介したICTを活用すれば簡単にできるのだ。
シンガポールでは、既に3月から「トレース・トゥギャザー(一緒に追跡)」というスマホのアプリを利用して濃厚接触者を割り出している。4月末にはオーストラリアでも類似のシステムの導入を決めたようだ。ドイツも最近導入を決定したと報道されている。一方、グーグルとアップルが共同で、アンドロイドとiPhoneに共通のアプリを開発すると発表した。日本でも政府が音頭を取って一般社団法人コード・フォー・ジャパンという団体がシンガポールの例をもとに、開発していると発表しているが詳細は不明である。
これら各国が進めているスマホの活用による濃厚接触者の割り出しは、先月号で紹介したヨーロッパ8か国の科学者たちが共同研究開発を行っているPEPP-PTプロジェクトとほぼ同じ考え方に基づいている。
その基本原理は、アプリをインストールしたスマホから発信するBluetoothの微弱電波を別のスマホが受信し、その距離と時間から濃厚接触したと判定されるスマホを記録する。もし、あるスマホのユーザーがコロナに感染した場合、その者の端末記録を見れば、濃厚接触したスマホが即座に判明できるというものである。
記録された情報を中央で集中管理するのか、それともスマホだけで保存し、他の誰にも渡さないように保護するのか。また、感染者が発覚した場合、誰がどのように濃厚接触したスマホにその事実を伝達するのかということで、それぞれ考え方が異なるようである。
シンガポールのシステムは、接触情報は端末内にだけ保存され、感染者の端末を政府の追跡チームが解析して濃厚接触者を洗い出すというかなりプリミティブなものらしい。
PEPP-PTシステムは、端末に暗号化されて記録された情報の解読キーを感染者が自発的に通知機関に送り、通知機関はそのキーで記録を解読して濃厚接触端末に注意喚起を発信するもので、より自動化、また、プライバシー保護を徹底したシステムである。接触情報を端末のみに保存するか、より効率的に集中管理するか2つの選択肢を提示している。
ドイツでは、当初情報を中央管理すべきと考えていたようだが、プライバシー保護の観点から、中央管理はせず端末だけで保管することにしたとの報道があった。
いずれにしても、国民の大多数がこのアプリを使用しない限りは、濃厚接触情報を得られない。集められる情報は、誰と誰が濃厚接触したかという極めてプライバシー保護の必要な情報であるから、人々が安心して利用できるためには、感染者との接触者を割り出すという目的以外には絶対に使われないことが確実に担保されてなければならない。また、何よりも利用者がアプリの利用にメリットを感じなければ、たとえアプリがスマホにプリインストールされていても、使用はしないだろう。そのためには、記録された情報を保健当局がコロナ撲滅のために本当に活用すること、すなわちリスクがあった者には確実に連絡をすること、そしてPCR検査を行い、陽性であれば適切に対処することを保証しなければなるまい。
もし、皆が利用することになれば、極めて効率的に感染者が割り出され、緊急事態宣言下の行動制限のような恐ろしく非効率な措置は不要になる。一方、十分な数の国民が利用しなければ、接触情報は得られず、無用の長物にすぎなくなる。従って、国がなんらかの関与をして利用を促進する必要があるだろう。場合によっては利用要請などの法的措置が必要かもしれない。
このようなことを考えると、単にグーグルやアップルが商業目的で勝手にアプリを開発すれば済むと言うようなものではないことは明白だ。他方、国が先導したとしても、広く公の議論をしてプライバシー保護についての納得ある仕組みにならなければ国民の信頼は得られまい。また、当然のこととして、判明した濃厚接触者のPCR検査を完全に行える体制と、陽性者を隔離する方法とが構築されてなければ意味がない。これらの僅かな経費と努力で、自粛要請などによる莫大な経済的な損失を防止できる。ウイルス封じ込めの手段として是非活用すべきである。
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